約 514,101 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/452.html
第一間幕。ライト点灯。 そこは応接間か、一人掛けのソファが置かれており、その前に立つマコト。その頭の上にフェスタ。 学生服姿のマコトの頭の上でクルクルっと回り、仰々しく一礼するフェスタ。 先程とは髪型が違い、そのボディスーツはパールとグラスグリーン。際どいラインでカットされ、頭には銀のカチューシャ。 フェスタ「皆さん、はじめまして。フェスタです。『2036の風』第一幕をお読みくださってありがとうございます」 マコト「こんにちわ。フェスタのオーナーのマコトです」 マコト、一礼してソファに着席。 フェスタ、マコトの肩を経由して膝に移動。 フェスタ「改めまして自己紹介を。私はフェスタ。MMSタイプ『アーンヴァル』です」 マコト「アーンヴァルタイプ、初期ロットだったよね」 フェスタ「うん。武装神姫シリーズの発売日にマコトのママさんが買ってくれたんだよね」 ふと、フェスタが首を傾げる。 フェスタ「・・・そういえば、どうしてマコトがマスターになったの?」 マコト「まぁ、色々あったんだよ」 マコト、苦笑。 ふーん、と納得したような顔をしてフェスタ気にしない事にしたようだ。 フェスタ「今回のお話は、まだ姉さんや妹達とも会ってない頃の私。今の脚をお母さんから貰った時」 マコト「二月だったかな・・・荒んでたよね、フェスタ」 フェスタ「うん、ごめんごめん。・・・けど、嬉しかったな」 マコト「そうだね」 スポットライト消灯。ワイドライトがステージ全体を照らす。 マコト「・・・『2036の風』は長編じゃなくて『ショート集』。一幕ごとに主役となる神姫が変わるタイプ」 フェスタ「次の幕は誰のお話になるのかな・・・? 私の出番はどうなるのかなぁ? もう無いとかはヤだな」 マコト「大丈夫だと思うよ。ほら、フェスタ達は・・・」 フェスタ「・・・! うん!」 マコトの言葉に嬉しそうに頷くフェスタ。 ライト、少し暗く。 フェスタ、肩に移動。 フェスタ「・・・『意志』。はっきりとした心。譲りたくない思い」 マコト「それを示す為に・・・フェスタは、お母さんから脚を貰ったんだよね」 フェスタ「うん・・・歩き続けたい。踊り続けたい。この脚で・・・大切な心と一緒に」 フェスタ、愛しげに自分の腿に手をやる。 マコト、優しくそれを見つめていたが、やがて。こちらに目を向けた。 マコト「『2036の風』は神姫の『心』をメインワードとした、ショート集です」 フェスタ「CSCはプログラムを打ち込んだデータボックスなだけ・・・なのかな?」 マコト「・・・CSCは人工の産物。結局は人が作り出したデータを膨大に投入した・・・人が作り出したパーツ。人が作り出した身体。人が作り出したヘッドコア」 フェスタ「じゃぁ、神姫の『心』は『人が全て作っている』の?」 マコト「フェスタは、どう思う・・・?」 フェスタ「・・・」 風一つ。 マコト「・・・。公式で記された一行足らずの「神姫の心」というワード。たったそれだけを軸にしたストーリー『2036の風』」 フェスタ「この拙い作品、最後までお付き合い下されば幸いです」 二人、礼。 更にライト暗く。 フェスタ「次幕は姉さんが登場するね」 マコト「うん。オレ達がまだ知らない時の、ね」 フェスタ「んー・・・やっぱり・・・なのかなぁ?」 マコト「・・・(汗)」 ライト消灯。第一幕、了。 2036の風
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2514.html
不良娘と放課後のディスカッション 世の中はオセロのような物だ。 片やが立てば片やは減り続ける、そうして四隅を取られて敗北を待つ。 コマを回収するときを静かに待ち続けるしかないんだ。 負けてたまるか、諦めてたまるか そう思い続けた日々は無意味と帰して… 「そうして哀れ私はこうして肉体労働に準じるしかないのね…よよよ」 「おい神奈、余計な口を動かしとランでこっちの資料もいらないから縛って置いてくれ あとそれからそこの教材と此処の参考書ももういらないから棄てるように。それから…」 「は~いはいはい、私の手は何本に見えます?二本ですよ!」 少女は無意味なモノローグを途中で切られた事にムッとして、半ば剥げた教員に文句を返す。 少女は特徴的なウェーブのかかった長髪をしており 流行りの小ぶりなバイオメタルフレームの眼鏡をかけていて それが逆にスタイリッシュなファッションとなっている…所謂美少女である。 しかしその手には軍手、そして首にはタオルをかけておりやや埃にまみれたその姿はアシンメトリーな違和感を感じさせた。 「今これゴミに出すんでもうちょっと待ってくださいよっと…急かす男性は幾つになってもモテませんよん♪」 余計な御世話だ!!という怒号を背に聞き終える前に扉を脚で閉める。 そして重い荷物を両手に木造の渡り廊下を歩く。 珍しい?確かにこんなご時世だ、そう感じるのも無理は無いだろう。 戸叶第三高校…通称戸叶三校。 都内におけるごく有り触れた3流高校であり、未だ木造の校舎が残っていると言う奇特な学校である。 なんでも21世紀初頭にごく一部で古き良き建築方式を残そうという運動があったらしく 当時の新技術であった圧縮技術によってできた強化木材によって最新のバイオセラミックに勝らずとも劣らない強度と頑丈さを兼ね備えているのだとか。 しかし所詮木材は木材、腐食菌達の30年間にわたる努力の甲斐あって、強固な木材もやがては腐食する運命を辿る事の証明に細菌どもは成功したのである。 それがどうしたと言われるだろうが此処からが問題で、雨が降ったりすると雨漏りが結構酷いのだ。 そして彼女、神奈 流の回収したテスト用紙に丁度狙い澄ましたかのように雨漏りが降り注いで来た事によって素敵なまでに答えが消えてしまったのだ。 通常は、ここで再試験の申し揉みを出せば先生はもれなくOKサインを出すだろう。 しかし彼女の場合は勝手が違った、授業の抜け出しに授業中の居眠りなど常習犯 果ては成績の良さとそれに寄り学校の平均偏差値をあげているのも彼女なのだからか堂々とそれらを行うのだから教員としては腹立たしい問題児の中の問題児 それが神奈 流の教員たちによる評価である。 つまり再試験していい代わりに、雑用だけでもやってもらうぞと言う事だ。 ちなみに再試験は既に終了しており教師も真っ青になる程の好成績を叩きだしている。 「しっかし何でまたゴミ捨てかしらねぇ~、こんなの男子にでもやらせりゃいいのに… まったく、私みたいにガッツのある野郎はいないのか嘆かわしい」 実際昨今のスポーツ事情から言っても、社会の中での男性の立場の崩落は未だ大きい物である。 何故ならば男子の運動離れと、筋肉や中身を磨くより外観を磨こうという努力にばかり目が行く者や 20世紀末から繁殖を始めたゲームやパソコンオタクと言った分化系の大量発生―といっても著者や神奈自身はそれを否定する事は無いが― パッと見ではそうそう問題ではないが、男子の体育離れ…即ちなよなよしい男子を大量生産するようなご時世と言う事だ。 しかし…そんなこのご時世でも奇特な人間と言うのは居るもので 「よう、手伝おうか?」 通りかかった部室の前に腰かけた男が神奈に話しかける。 ツンツン頭で如何にも前世紀では漫画の主人公のような頭をしている男はただ神奈を見かけただけなのだろう、それがどんな状態に有るかも知る由もない 彼がそんなお人よしである上に外見に見合わずそれなりに筋肉のついている男だと言う事も神奈は知っていた。 なぜなら彼は神奈が所属する部の部長だからである。 「頼むわ、ちょっと数学のあのハゲの準備室で教材とか色々あるからねん♡」 「え”…わ、わかった。男に二言はねぇ!!」 一瞬固まった、それ程に数学教師の階戸教員はなかなかに面倒くさい人間と言う事が知れ渡っているからだ。 しかし男はガッツポーズをとってその場から数学準備室へと足を運ぼうとする。 それこそがなんでも気合と根性とごり押しで物事を解決する男、元サッカー部主将にして武装神姫部部長の蘆田 阿頼耶である。 明らかに生まれる時代を間違えているこの男。 ふと神奈は蘆田を呼びとめた、もちろん頼んだ事を中止する気は無い。聴きたい事があったからだ。 「蘆田部長ー、部長の神姫はどったの~?」 「んん?今丁度部室内の掃除中だ、丁度部屋から追い出されちまった所だよ」 神姫…それは2041年現在、あまりにも当たり前に人々の日常に溶け込んだ汎用人型フィギュアサイズロボットである。 身長15センチ程度のボディにCSCシステムに寄る人工的な感情と魂をほぼ完全に再現した最新の人工知能を搭載 またボディに汎用的なパーツを搭載する事でほぼ無限とも言える多機能性を見せる―これを武装とも言い、後述の名の由来にもなっている― まさに、人類が生み出した理想的なパートナーと言えるだろう。 そして一部の人々はその神姫に思い思いの文字通り武装―武器や鎧、あるいは技術をありったけ積み込んだ超小型軽量化バトルモービルもしくは同左パワードスーツ等々前述の通り種類は無限である― を装備させ、あるものは自らが司令塔となって、或いは神姫と一つになって、小さなサイズの戦いを繰り広げる遊びが流行していた。 それを神姫バトル、そして主人と共にその戦いに身を投じる神姫達を人々は武装神姫と呼んだ。 「しかし…当たり前に浸透してるって言う割にはバカ高いのよねぇ」 「仕方ないさ、俺だってバイトの退職金と兄貴の残した神姫ポイントがなけりゃ二体も買えなかったしな」 流石元運動部員と言うか、もう神奈に追いついてきた蘆田と学校外の歩道を、荷物運びをしながら受け答えする。 ため息をついてゴミ捨て場へとたどり着く。古い学校だから景観を壊したくないという理由でゴミ回収場所も後者から結構遠い道の端なのだ。 「あぁもう、今日は私だってバイトの予定もキャンセルしたのよ!!なんだってこんな金にもならないボランティアをする為に…くっそう、21世紀初頭の活動団体を呪いたいいぃ!!」 「一体何を言ってんだお前は…」 ため息をつきながら蘆田は神奈に振り向く。 「そういえば、神奈はそろそろ神姫買う予定なのか?」 「いや全然?」 蘆田は意外な事にすっぱりと切り捨てられる問いに顔をしかめる。 それもその筈、神奈は神姫に対する知識が非常に深い。 本人は詳しい武装紳士・淑女で無くとも神姫ヲタならだれでも知っている事というが 実際戸叶三高神姫部の神姫達の武装は殆ど神奈がチューンナップしているのだ。 深いなんてものじゃない、明らかに何か経験を積んだのだろう。 しかし、その辺の事は蘆田は深く聞き出すつもりは無い、お互い過去は無意味なことと知っているからだ。 「まぁ部長だってサッカー部全員が女にうつつを抜かしててる中、極度の初心なもんだから凄く居づらくなったんで、せめて女性恐怖症を治すために神姫始めたんでしょ♪」 「ぐ!!それは今関係ないだろうが!!」 まぁ彼の過去の場合、もう殆ど払しょくできているから伏線にする必要もないのだが… やがてようやくゴミ捨て場へとたどり着いた二人はどさどさとゴミを置く。 「しかし何でだ、普段からお前うちの神姫達ともよく関わってるし神姫が嫌いな訳でもないんだろう?それこそうちの部費で買ったっていいんだ、金の事なんてそんなに気にする事でもないだろう?」 「…整理がつかないのよね、気持ちの問題と言うかね…なかなかどうして、私に共感できる子が欲しくてね」 そりゃ無理だ、と蘆田は正直にため息をついた。 神奈程の変人は中々居ない、神奈と関わった者ならだれでもそう思うし神奈本人もそう思うだろう。 しかし…ふと神奈は其処に捨ててあった赤い光を偶然視界に入れた。 「…………あぁ、前言撤回するわ」 「・・・は?」 神奈の突然の意趣返しに蘆田は戸惑いの声を上げる。 すると神奈は粗大ごみの中から伸びる『手』を握って、ずるりと引き上げた。 千切れたコードが絡まり、埃で汚れ、力無く手脚をぶら提げた身長15センチ程度の少女が神奈の掌に乗せられた。 「部長、ちょっと部室のクレイドルとパソコン借りるわよ」 「お、おい?」 「私はこの子の思い出を育ててみたいのよ♪」 トップ 続き
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2661.html
8ページ目『剣の墓場』 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 前回までのあらすじ 世界中の神姫が、ただのフィギュアになっちゃったみたいです。 なんで? とは聞かないでください。 私だって、キャッツアイを名乗る3バカ神姫に出会うまで、イルミのことをすっかり忘れてしまっていたんです。 かと思いきや、ただのフィギュアから目を覚ましたイルミはすぐにいなくなって、代わりに現れたのは射美と名乗る、私と瓜二つの小さな女の子。 しかも射美ちゃんは、自分は私と弧域くんの子供だと言い張り、押し切られるように私達は一緒に住むことになってしまいました。 何が何やらサッパリなまま、私のことをママと呼ぶ射美ちゃんと一緒に、一晩を過ごすのでした。 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 「天才子役っているじゃない、小さいのにテレビに出てる子。すっごくチヤホヤされて持ち上げられるけど、あたしは子供をドラマに起用するのは無理があると思うの。嫉妬してるんじゃないよ、別に役者さんになりたいとか、思ったことないわけじゃないけど、どうでもいいし。そういう子の演技見てると、すぐ泣けたりするのはすごいけど、台詞は全部棒読みじゃない。しかもヘタに演技しようとして声が不協和音っぽくなってる子までいるし」 「その点、小説なら役者がいらないから大丈夫かなって思ったんだけどね、やっぱり難しいみたい。作家さんが文字を並べるだけだから、特攻服着たヤンキーがしんみりして哲学的なこと言ってたりするんだもん。って、あたしも人のこと言えないかな? 小説家目指してるママなら分かると思うけど、難しいよね」 「『一ノ傘』って苗字も好きなんだけどね、あたし、『雲呑(くものみ)』って苗字に憧れててたんだ。なんか響きがカワイイでしょ、ママもそう思わない? 将来は雲呑って苗字の男の人と結婚しようって考えてたくらいなの」 「でもね、にゃふー知恵袋で聞くと、雲呑って『ワンタン』って読むんだって分かって、すごくショックだったの。あたしのあだ名は絶対『ワンタン麺』に決まっちゃうじゃない。でもワンタン麺って食べたことないんだけど、おいしいのかな? ママは食べたことある?」 「武装神姫で日本一強い人って知ってる? 竹姫葉月っていうお姉さんなんだよ。神姫はアルテミスっていうアーンヴァルなんだけどね、悪い改造した神姫でも簡単にやっつけちゃうんだって。『もう死んでもいいから勝ちたい』って覚悟して違法な改造した神姫でも、全然勝負にならなくてあっさり負けちゃうんだってよ。神姫の世界も世知辛いよね」 「そんなに強い神姫でも、インターネットの対戦でなかなか勝てないところがあるらしいよ。そこに集まる神姫は悪い改造はしてないんだけどね、へんてこな神姫ばっかりなんだって。レーザーで魔法陣を描くシュメッターリングとか、ワープできるバイクに乗ったエストリルとか、12人の神姫を糸で操るクーフランとか、自分は硬い箱にこもったまま毒ガス攻撃するズルいマリーセレスなんてのもいるんだって。聞いてるだけでもすごそうだけど、たぶんその神姫達のバトルって、極端すぎて見ててもあんまり面白くないよね。でも今は世界中の神姫がただのフィギュアになってるから、関係無いか」 慌ただしかった昼間が嘘のように、夜の色に落ち着いた姫乃の部屋。母と娘二人の、布団の中から聞こえてくるおしゃべりは、明け方になるまで続いた。といっても話のほとんどは射美が一方的にしゃべるばかりで、姫乃は専ら相槌をうつだけだったが、射美にとってはかけがえのない時間だった。 ママと同じ布団に入っていれば、悪夢に怯える心配なんてしなくていい。どんな話でも聞いてくれるママがいてくれれば、明日もきっといい一日になる。 射美が信頼を寄せる姫乃と弧域は、最初こそ少し難色を示しても警察に突き出すような心ないことをせず、たとえ様子見であっても、射美のための居場所を作った。愛情を求める子が心安らかにいられる、大切な場所を。 弧域と姫乃の部屋は別れているから「今日はね、う~ん……ママと寝る!」と射美は選んだ。隠し切れないほどのショックを受けた弧域は、射美と明日一緒にお風呂に入ると約束をした。当然姫乃が却下したが。 夕食を弧域の部屋でとり、姫乃の部屋に戻った母子二人、女の子同士の夜は、いつまでもいつまでも、幸福に満ちていた。 結果、姫乃は体調を崩した。 弧域との喧嘩。 心を取り戻した神姫。 そして射美の登場。 それらをたったの数時間の中で経験し、さらに機嫌を持ち直した射美は姫乃と二人でベッドに潜った後も睡魔を尽く退け、姫乃は夜通し娘(仮)の話に付き合う運びとなったのである。 途中で(あ、これ明日はダメかも)と軽い絶望を感じつつも、ついに射美の笑顔を崩すことなく明け方まで耐え切った姫乃は、早くも一人の母としての偉業を成し遂げたと言っても過言ではない。翌朝、体温が38.2度を記録したことからも、いかに姫乃が頑張ったかが伺える。 「ダメだよ、弧域くんはちゃんと学校行かないと。それより、今日の代返お願、ケホッ、ご、ごめん…………う、うん、なんとか大丈夫、かな」 「射美ちゃん? まだ私の横で寝てるよ。寝顔は天使みたい。私達の子供だからね……にはは、冗談よ」 「世話を任せたいのは山々なんだけど、たぶん昼過ぎまで起きないわよ。昨日からず~っとおしゃべりしてたもん。だから3限目の最後の講義が終わったらすぐに帰ってきてくれると嬉しい、かな。射美ちゃんが起きると思うから、二人で下着とか買ってきてくれると……無理? でも私のお下がりってわけにもいかないし……そうそう、頑張ってカワイイのを見繕ってあげてね、パパ」 「じゃあ帰りに風邪薬、お願いね。……うん、弧域くんも風邪をもらってこないように、ね」 通話を切ると、携帯が姫乃の手から枕元に滑り落ちた。拾い直す気も力もない姫乃は射美と自分の布団をかけ直し、目を閉じた。 看病のために学校を休むと弧域が頑なに主張するのは、姫乃が体調を崩す度のことだった。そして姫乃の部屋に入ろうとする弧域と、意地でも禁断の部屋に入らせまいとする姫乃の電話での応酬も、これまたいつも通りである。 普段ならば妥協案として、姫乃が弧域の部屋のベッドを使うことにしている。やつれた顔を見られることにかなりの抵抗があっても、体調を崩した時はどうしても気が弱くなり、独りきりでいることが心細くなってしまうからだ。 隣に射美がいるから寂しくはない、と言えるには言えたが、姫乃にとって射美はあくまで面倒を見るべき子供であり、ましてや自分の看病をさせるなどもっての外である。 すやすやと安らかに眠る少女は、普通ならばこの時間は学校に行く支度を済ませていなければならない。しかし射美にその記憶がない以上、弧域と姫乃は射美を送り出すことすらできないでいる。 (警察に行くのが正しいかどうか分かんないけど、どこかに相談しなくちゃ……身元が分かるまでここにいてもいい、って言えば、射美ちゃんも分かってくれる、よね) やむを得ないとはいえ、子供の大切な時間を自分の部屋に閉じ込めてしまうことに負い目を感じている姫乃は、風邪のせいで射美と始めた家族生活が早くもつまづいたことと相まって、かなり気を滅入らせてしまっていた。 カーテンの外は、昼も雲ひとつ無い青空を約束してくれそうな快晴。ボロアパート前の狭い道を、数分間隔で車が通っていく。そんな外の天気など知ったことではなく、静かに意識をまどろみの中に落としたい姫乃だったが、残念ながら、そうは問屋が卸さない。 何の前触れもなく、カラカラと窓が勝手に開いた。鍵は確かに閉まっていたはずだが、どうやって開錠されたのかは定かではない。カーテンが揺れて、眩しい光と新鮮かつ極寒の冷気が室内に容赦無く入り込む。 自分の空間から外部との繋がりを断ちたい時ほど、狙いすましたように宅配が届いたりセールスマンの襲撃にあいやすくなるものである。姫乃が体調を崩した原因のひとつである迷惑極まりない3匹の来訪はきっと、そういうことだった。 「おんやぁ? ホシはどうやらまだおネムのご様子。ここは一発、ワガハイの寝起きバズーカで目覚めさせてやるってのはどうにゃ」 寝起きバズーカやりたいんだったら静かに入ったらどうなのよ、と少々的外れなことを考える姫乃だった。 2日連続、しかも最悪のタイミングで無断侵入してきたキャッツアイの3匹、カグラ、ホムラ、アマティに対して、姫乃には怒る気力すら持てなかった。しかし、さすがに部屋の中で、小型とはいえ本気でバズーカなど構えられては無視するわけにもいかず、姫乃は渋々話しかけざるを得なかった。 「ゴホッ……お願い、今日はちょっと、静かにしてくれない、かな」 「なんにゃ、起きてたのにゃ。オマエが寝てる間に箪笥の中を物色するイベントとどっちをやろうか迷ったんにゃが、両方無駄になったにゃ。ヒロインを張るにゃら、朝はちょいエロイベントのひとつもこなしてほしいもんにゃ。ところで、そっちのロリはオマエの隠し子かにゃ?」 「そんなこと言ってる場合ですか。姫乃さん死ぬほど体調悪そうですよ」 アマティだけは姫乃の容態にいち早く気付き、気遣おうとする。できるならば部屋に侵入する前に気遣いをしてほしいと思う姫乃だった。 「あの、本当にごめんなさい。また出直します」 「今日の用事は隣室だろう、さっさと済ませて引き上げるぞ」 姫乃の懇願を聞いてか聞かずか、3人はあっさりと引き下がっていった。パタン、と窓が閉まり、部屋に再び平和が戻った。 ほんの短いやりとりではあったが、昨日のことを思えばあの3人が何をやらかしてくれるか分かったものではなく、姫乃の精神がさらにすり減ってしまった。 (あの3人もいなくなったし、弧域くんに……だめね。あの3人、弧域くんのエルを目覚めさせるんだっけ) 昨日、弧域は一度動く武装神姫――キャッツアイの3人を見ても信じようとせず、現実逃避してしまった。そのことを気にかけていた姫乃は、弧域に余計な心配をさせまいとして、今朝の弧域の看病を泣く泣く断ったのだ。弧域にしてみれば射美との顔合わせにより耐性がついていたのだが、事情を知らない弧域と朦朧とした姫乃には知る由もない。 「んん……なぁに? なにか言った?」 姫乃の隣で幸せそうに寝息を立てていた射美が目をこすり、開いた薄目が母親の顔を見つけた。 「あ、ごめん。起こしちゃった、かな」 「にはは。ママ、おはようのチュー」と姫乃のおでこに唇をつけた射美は「あっちぃ!」とすぐに離れた。 「ママ熱々! うわ、顔は真っ赤なのに唇は真っ青だよ!?」 「ごめんね、情けないママで、ケホッ、あんまり近づくと風邪うつっちゃ――」 「大丈夫!? どこも痛くない!? バイキンが悪いの? ママを体内からいじめるバイキンが悪いの? あたしが吸い取ってあげれば治る? じゃあもう一回チュー」 「んむっ!?」 姫乃に待てとすら言わせない電光石火の技だった。瞬きの間に合わされた唇、そこから全身でしがみつくように射美は手足を姫乃の体に回った。 誰もが羨む美少女、瓜二つの母娘がベッドの中でもつれ合う。乱れた髪が朱い頬を流れ、互いのすべてを奪い合うような口づけは、傍目に見れば燃え上がる恋人のそれに近い。 姫乃にとっては勿論、そこに情熱などあったものではない。 弧域にすらされたことがないほど強烈に吸い付かれ、バイキンどころか僅かに残っていた気力を奪い尽くされた姫乃は、もうされるがまま、時折ビクッと全身が硬直する以外は小指の一本すら動かせなかった。 「んむ……んふふ♪」 口づけ、いやもはや吸血に近いそれを続けていくほど、射美の表情は艶を増し、姫乃の表情からは生気が抜けていった。 (もう好きにして……あ、あれ? この感覚……) 無闇矢鱈な射美の愛情表現に快感すら見出し始めた時だった。薄れ行く意識の中で姫乃が覚えた感覚は、つい最近味わったものに似ていた。 ベッドのシーツが湖になったかのような、底へ底へと沈んでいく感覚。確かなものは射美と繋がる唇だけ。 いっそ心中とでも錯覚しようか、二人は暗い場所へと落ちていった。 「うっひゃあ、いきなり目の毒です! ――じゃなくて姫乃さん!? あなたは何が楽しくてまた自ら異空間に飛び込んできたんですか!」 「隣室だったからな。恐らく異空間の発生時、その神姫のマスターであるなしに関わらず、物理的に近い人間も巻き込まれるのだろう」 「ワガハイ、オマエのことを誤解してたにゃ。こんな時まで青少年育成条例に背を向けておんにゃの子に手を出すにゃんて……その意気やヨシ! オマエのただれた趣味はワガハイがメモリー(HDD)に永久保存してやるにゃ!」 パシャパシャと神姫サイズのカメラ(カグラが盗撮のために開発したもの)のシャッターが切られる音に気付いた射美は、あわてて姫乃を解放して立ち上がった。ブカブカの姫乃のパジャマの袖を振り回しての猛抗議である。 「ちょっとー! あたしとママのキスはあたしたちだけの宝物なんだからね! 勝手に撮っちゃダメ!」 「い、今ママって……姫乃さん、イチ神姫として勉強させてもらいました、ごちそうさまです」 「オイ、その姫乃が三途の川で溺死する寸前の顔をしているぞ。大丈夫か」 ホムラに言われ、アマティ、カグラ、それに射美は未だ倒れたままの姫乃の顔を覗き込み、息を呑んだ。 射美が着ているものとは色違いのパジャマのまま、姫乃はフローリングの床に倒れていた。 熱があるのだろう、顔が部分的に赤い。 しかし体力は底をついているのだろう、生気がない。 何か悲しいことがあったのだろう、目は充血して涙が漏れている。 寒いのだろう、鼻水が出放題である。 射美と愛を確かめ合いすぎたのだろう、口元がヨダレまみれである。 キスの最中で舌を噛まれたのだろう、だらしなく覗く舌に歯形がついている。 大学構内ですれ違えば誰もが振り向く、弧域一人のモノとしておくにはあまりに惜しい美貌。「にはは」と見せてくれる笑顔は太陽よりも眩しく光り輝く向日葵のよう。 大学1年の時、学園祭で開かれた美少女コンテストにわけもわからず出場させられ、観客の視線を独占してしまい、横に並んだ諸先輩方に睨まれたことがあった。 それほどである。それほどの面影は、もはやどこにもなかった。 「ママ、涙はいいけど、ハナミズとヨダレはヒロイン的にアウトだよ」 「そういう問題か?」 「しっかりしてください!どこか隅っこに運びましょう、ここは本当に危ないです!」 「せっかくにゃから、このベッドに寝かせたらどうにゃ。ちょっとデカいにゃが」 カグラ達はサッカーコートほどの広さの天井の下にいた。その天井こそベッドの裏面なのだが、たとえ姫乃の体調が良好であったとしても、それが弧域のベッドであると理解するには少し迷ったかもしれない。 ベッドを縦方向に二分して、片側は薄暗く、もう片側は明るい。 薄暗い方に見えるのは、姫乃の部屋にあるものと同じ机や本が散らかった本棚など、弧域の部屋そのものだった。 明るい方はといえば、まず床がフローリングではなく光を反射する色とりどりのタイル敷きだ。そして棚が整然と並んでおり、武装神姫の箱やパーツが陳列されている。姫乃達のいるベッドは、弧域の部屋と、どこかの神姫ショップ店内の中間にあった。 それだけでも異様といえる空間だが、さらにこの空間には特徴といえるモノに溢れている。 「やだ、なにこれ……全部お墓?」 「フン、言われてみれば墓にも見えるな。だがこれらはすべて剣だ」 硬いはずの床から本棚の本、ショップの商品にまで、ベッドの下以外の見える範囲すべてに、乱雑に大小形状様々の剣がびっしり突き立っている。その数は見える範囲だけでも千本を優に超えている。 剣の多くに鍔があり十字に見えるので、射美は西洋風の墓と勘違いしたのだ。あるいはここは、剣そのものの墓場なのかもしれない。 「ここがあの、エルさんの創る世界……なんだかエルさんの印象と違って、不気味ですね」 「にゃんてったってアルトレーネだからにゃ。性根が歪んでるのは想定の範囲内にゃ」 「殴りますよ」 「貴様ら、巫山戯るのはここでお終いだ」 身長以上に柄の長いハンマーを水平に構え、ホムラはフローリングとタイルの境目を跨ぐように立った。その境目の先、ベッドの天井から出たところにいつの間にか現れていたのは、金色の長髪、鉛色のロングコート、そして白く武骨な機械仕掛けの脚が特徴的な、戦乙女型アルトレーネ、エル。 俯いているため前髪が影になり、その表情をうかがい知ることはできない。 彼女も武装神姫ではあるが、ロングコートと脚の機械以外には何も持っていない。空いた両手が、側に突き刺さっている二本の剣を掴む。片方は装飾過多と見える大剣、もう片方は逆にシンプルなロングソード。その二本を構えるでもなく、これからジャグリングでも始めるかのように、真上より少し前方に放り投げた。そしてサッカーのボレーシュートよろしく、落下してきた剣を二本まとめて蹴り放った。 滅茶苦茶な軌道だが、その速さはライフル弾にも匹敵する。 「ぬっ!? うおおおおおおっ!」 飛ぶ剣にホムラはハンマーを合わせた。が、叩き落せたのはロングソードだけで、もう一本はホムラの背後へと飛んでいく。 「にゃほぁあ!? け、剣がいまワガハイの首元を通ったにゃ! 九匹に一鰹節にゃ!」 「まさか九死に一生って言いたかったんですか?」 「アマティの背面だ! 次が来るぞ!」 射美と姫乃を挟んでホムラの反対側にいるアマティは、ホムラの言うことを信じるどころか考えもしなかった。たった今、剣はアマティの正面から飛んできたばかりである。だからアマティは、ホムラが「俺の背面」と言い間違えたものとして、自らの剣を抜いて正面へ躍り出ようとした。 その瞬間、アマティの視界に火花が飛んだ。前のめりに体が倒れそうになり、床に手をついて姫乃を押し潰すことだけは回避できたものの、背中に走る激痛が堪えさせてはくれず、姫乃の隣に崩れ落ちた。 「きゃあっ!? だ、大丈夫……?」 慌てて近寄ろうとする射美を手で制したアマティは、未だ視界が安定しない中、背後を確認する。そこには【やはり、既に誰もいなかった】。 「わけわからんにゃ、アイツはアルトレーネじゃなかったのにゃ!? サイキッカー型が東京の立川以外の町にいるなんて聞いて無いにゃ!」 「アレはテレポートしているわけではない。一度見た神姫の技くらい覚えておけ、剣を周囲に叩きつけて得られる推進力を脚力に加える奴がいただろう」 解説しつつホムラは、再び別の方向から飛来した剣を弾いた。目の焦点を剣に合わせる間に、エルは姿を消してしまう。 「このベッドの上を移動しているのだろう。信じ難いスピードでな」 「アイツ一人に囲まれてるようなもんにゃ、ここにいたら格好の的じゃにゃいか! 早いとこベッドから出るにゃ!」 「だがな、このベッドの下だけ剣がない分、安全だぞ。奴が剣を使い捨てられるのは剣が突き立っている場所だけだからな。それに――」 側面から回転しながら飛んで来た二本の剣を、ホムラ、カグラがそれぞれ弾いた。ホムラは難なく防いだが、カグラは尻餅をついてしまう。 「奴は、この小娘二人を巻き込むことに対して、まったく躊躇を持ち合わせていないらしい」 言いつつホムラはチラリと射美と姫乃を伺った。 姫乃の状態は最悪だった。見て取れるほど体を震えさせ、縮こまってしまい移動どころか立ち上がることすら困難になっている。神姫云々よりも、一刻も早く適切な処置が必要だった。 「射美のパジャマも着てよママ……まだ寒い? ママ、ママ……うわああああああんママ死んじゃやだあああああ……」 上着はキャミソール一枚だけになり、泣きながら姫乃の体を懸命にこすってやっている射美も、動ける状態にはない。 「あ、今ネコ的な勘がビビビッときたにゃ。ほむほむ、ワガハイ達が置かれてる状況は【絶体絶命】じゃにゃいか」 「ホムラと呼べ。貴様はそのネコ的な勘とやらでようやく真っ当な状況判断ができるんだな。しかし今更愚痴も言ってられまい。アマティ、そろそろ起きろ」 「ランキングがなんぼのもんじゃーい!!」と叫びながら、うずくまっていたアマティが飛び上がった。 モード・オブ・アマテラスが発動し、スカート状のアーマーが左右に大きく展開された。先端の鋏のように開閉可能な部分は左右どちらもガッチリと、迫っていた剣を掴んでいる。 「ちょっと私より戦績がいいからってあの戦乙女、図に乗ってんじゃないわよ! つーかロングコートなんか着ちゃった戦乙女が世界のどこにいんのよ! ミ○キーもキングダムハーツでコート着てたって? 知らないわよクソがっ! アルトレーネは、こ、の、装備一式揃えてはじめて戦乙女だっつーの!」 「アマティ、児童ポルノが怯えてるにゃ」 「ああ? 何よ、児童ポルノって」 ほれ、とカグラに指差された射美は、あんまりなあだ名を付けられたことにも構わず、姫乃を覆い隠すように体を広げて抱きつき、まるでチェーンソーを持ったジェイソンに追い詰められたような目でアマティのことを見ている。 コホン、と咳をして気を落ち着けたアマティは、児童ポルノもとい射美に向かってとびっきりの笑顔を作った。 「にぱー☆」 「ひぃっ!?」 頭を抱えてうずくまってしまった射美と笑顔を引きつらせたアマティの間に、修復不能に近い溝ができてしまった。射美にとって長い人生(そんなものが射美にあったかどうかはともかく)の中でもっとも多感な時期である今、【突然豹変する金髪のお姉さん】というトラウマを植えつけたアマティの罪は重い。 「子供に嫌われるのって、結構ヘコむわね……」 「アマティはアマテラスを維持したまま姫乃と射美を守れ。アイツは俺とカグラで狩る」 「倒すならさっさと倒しちゃってよね。これ以上時間をかけて姫乃さんが危なくなったら、私はもっと射美ちゃんに嫌われそうだし」 「ほむほむと一緒にバトるのは久しぶりだにゃあ。二人でこの町のネコ大将を倒した時のことを思い出さにゃいか?」 「二人で? ……ああ、そういえば貴様が漫画を真似て作ったビッグプチマスィーンが自爆したせいで、その場にいた全員が死にかけたんだったな。思い出したら腹が立ってきたぞ、貴様後で――」 「な、なんのことかサッパリ分からないにゃあ。ワガハイとほむほむって実はまだ一緒にバトったことがないんじゃにゃいか、きっとそうにゃ! よーし今こそコンビネーションのお披露目の時にゃ! あのネコミミのないギュウドンを血祭りにあげてやるにゃー!」 カグラがホムラから逃げるように走りだしたことで、状況が動いた。これまでエルは大雑把にカグラ達の集団を狙って剣を蹴っていたが、今度はベッドの下から外に出ようとするカグラに的を絞った。 「誰もベッドの下から出さないつもりか? フン、確かにこちらに火器持ちはいないからな、一方的な今の状況を崩したくないのか」 ホムラの推理は実はまったく的を射ておらず、エルは単純に集団から外れて目についたものをターゲットとしただけだった。頻繁に位置を変えて遠くから剣を放つのも、エルが考えた戦術ではない。 剣を蹴り飛ばす技を持っていて、いくら使っても使い切れないほどの剣があり、ターゲットが一箇所に固まっていて狙いやすく、遠距離攻撃を想定した神姫の本能として頻繁に回避行動を取る。この4点だけがエルの行動基準になっていた。 アマティ達が最初に姫乃に説明した通り、心を持たないフィギュアの状態から目覚めて異空間に閉じこもる神姫は、それほどまでに正気を失っていた。 なぜ正気を失い、異空間を作り出し、誰彼構わず襲いかかるのかは分からない。しかし、不明確なことが多かろうが推理が外れようが、ホムラにとってそんなことは関係無かった。 「フィギュアになっていたせいか、丁度体がなまっていたところだ。リハビリがてら狩らせてもらうぞ、戦乙女」 カグラは毎度の如く囮の役目を十分に果たしている。ベッドから出ることも忘れ、連続して放たれる剣の弾丸からひたすら逃げ惑っている。 カグラを執拗に狙うあまり、エルはあまりに隙だらけだった。エルに向かって、ホムラは音を立てずに走り出した。 「誰がデコイをやるって言ったにゃ! ワガハイの強靭かつフカフカな肉球は刃物とは相性が悪ぃにゃほぁっ!? い、今モミアゲを持ってかれたにゃ! コレ死ヌマジ死ヌ助ケテほむほむぅ!」 「俺の名はホムラだと言ってるだろォ!」 助走をつけたハンマーのフルスイング、『グレーゾーンメガリス』がエルを真横から撃ち抜いた。 カグラしか見ていなかったエルは、まったく無防備にホムラが持つ最大威力の技を受けてしまった。鈍い打撃音と共に水平に吹っ飛び、床に突き立った剣を数本なぎ倒す。 『グレーゾーンメガリス』はあまりに大振りで隙だらけの技なので、普通のバトルで使用されることはほとんどない。ホムラが覚えている限り、公式ルールのバトルで使用したのは対戦相手が障害物に隠れて出てこなかった時に、その障害物ごと打ち砕いた一度きりだった。 稀に見るクリーンヒットの感触がホムラの両手に伝わる。ピッチャーが投げたストレートをフルスイングで返すような爽快感に、ホムラは顔に出すことなく酔い痴れた。 「ひぇ~ほむほむ超こえぇ~。今のはやりすぎにゃろ、正気に戻る前にジャンク屋行きになっちゃうにゃ。ほむほむは手加減ってものを知らにゃいのか」 「不要な心配だな」 ホムラは剣がなぎ倒されてできた道を走り出した。その先でエルは、カグラの予想に反して、剣を支えにして立ち上がった。 ハンマーが振り下ろされる瞬間、エルは髪を掠るギリギリのタイミングで床を転がることで逃れた。立て続けにホムラが踏みつけようとするのを再び転がって回避し、落ちていた剣を拾ってホムラから距離を取った。 剣を構えたエルは明らかに満身創痍だが、理性を失っているせいか、その戦意は衰えを見せない。 「神姫はあの程度で壊れるほどヤワじゃない。軽装の神姫とはいえ、一撃で沈めるのは不可能だな。しかし、コイツはあと弱パンチ一発といったところだが」 「パンチならワガハイの出番にゃ。見るにゃこの鍛え抜かれた肉球を。プニプニした感触から繰り出される百裂肉球はどんな神姫であろうと癒されるのにゃ」 「癒してどうする」 カグラがシャドーボクシングしながらエルの背後に回り、ホムラと挟み込んだ。 「行くにゃよネコ拳法――『にゃんぷしーろーる Ver.B!』」 「さっさと正気に戻れ――『パワフルメガマン!』」 ホムラは反対側から向かってくるカグラを巻き込むことにいささかの躊躇いもなかった。ウネウネとあまりにキモい動きで迫ってくるカグラが腹立たしかったのもあるが、カグラを気遣ったせいでエルまで仕留め損なっては挟み撃ちの意味が無い。 (神姫は頑丈だが……カグラなら少々壊れたくらいが丁度いいだろう) 柄を短く持つ手に力を込め、渾身の力で打ち出した。ハンマーの重量によりそれは破城槌となり、エルを目覚めさせる気付けの一撃となる。 「うおおおおおおおおおっ!」 「にゃにゃにゃにゃにゃっ!」 なる、はずだった。 「にゃぷぎゅっ!?」 カグラの豚を捻ったような声が聞こえるのと同時、ホムラの頬にプニッとした感触があった。カグラの肉球に殴られたのだ。 ハンマーを顔の中心にめり込ませているのは金髪の戦乙女ではなく、見慣れたケモテック製の猫だった。 エルは二人の間から姿を消していた。 「ワガハイ……こんな役ばっかり……にゃ(がくり)」 ホムラとカグラは長年一緒にいただけあって、息の合ったクロスカウンターは狂いなく互いに決まった。ホムラのハンマーはカグラを完璧に捉えて沈め、カグラの肉球はホムラを少しだけ癒したのだった。 ■キャラ紹介(8) コタマ 【ドールマスター爆誕】 「オイ、誰が3.5頭身の殺虫人形買って来いっつったよ」 十二体もの神姫を操るマシロを参考にして、コタマは自分では武装を身につけず、人形を操ることにしたのだ。 ただし、マシロのようにケンタウロスの胴体でデータ処理の容量を稼ぐことができないため、一度に操れる人形はコタマの両手でそれぞれ一体ずつが限度らしい。 その点については、「少数精鋭のほうがイイに決まってんだろ」とコタマに不満はないらしかった。 兄貴の武装神姫ストックに余りがなかっため、ベースとなる人形を近くのヨドマルカメラまで買いに走り、帰ってきたのがつい先程のこと。 ヨドマルに神姫を連れ込んではならないため、私が二体を適当に見繕ってきた。 でもコタマは私に感謝するどころか、箱に入ったホイホイさんを見るなり喧嘩腰で不満を垂れた。 「大学生にもなって読み書きもできねぇのか? どう見ても『武装神姫』じゃなくて『一撃殺虫!!ホイホイさん』って箱に書いてあるだろうが」 「だって、こっちのほうが可愛いやん」 「可愛いやん、じゃねぇよ! アタシの武装に可愛さとかいらねぇよ!」 「レラカムイからハーモニーグレイスに乗り換えて可愛げを無くしたんやから、せめて武器くらいは可愛くないといかんやろ」 「なんだその意味不明な理屈は! じゃあオマエはアレか、リクルートスーツがゴスロリドレスになっても文句言わねぇんだな?」 「やれやれ……コタマ、遊びとそうじゃないものの区別くらいつけんといかんよ」 「博多湾に沈めてやらぁ!!」 射場の順番待ちをしている間、コタマのことを背比に相談してみた。 背比は武装神姫を持っていないから、相談する相手を間違っているような気もするけど……相談ほど、話しかける口実に適したものはない。 背比は弓掛けをはめた手をニギニギしながら、たいして考えるでもなく答えた。 「そりゃあ、竹さんが悪い」 「なんでよ。だって武装神姫っていっても女の子なんよ。背比は知らんかもしらんけど、フリフリのドレスとか着た神姫もおるんやから。私のコタマだって傘姫が作った修道服着とるし。それやったら武器も可愛いほうがいいやん?」 「そうじゃないから、そのコタマと喧嘩したんだろ?」 そうだった。 またひとつ、背比に頭の悪いところを見せてしまった。 「ホイホイさん返品して、新しいの買い直したほうがいいんじゃないか? 竹さんだってその弓――」 背比が指さしたのは、私が高校の時から使っている『直心Ⅱ』だ。 手入れをあまりしなかったため、大きく歪んでしまっているが、今更ほかの弓を使う気にはなれない。 愛着以上に、この『直心Ⅱ』は弓の道を一緒に歩く相棒なのだ。 ……ああ、そういうことか。 「――を使うのを禁止されて、聞いたこともない弓を渡されたら、相手が範士の爺さんでもキレるだろ」 「うん、キレる。暴れる」 「俺だってキレる。武具ってのはそれくらい愛着がわきやすいものだぜ。だからさ、竹さんに考えがあったとしても、武装くらいはコタマの好きにさせてやろうぜ。ホイホイさん返品して、新しいの買ってやんなきゃな」 「あー……でも、買ってきたホイホイさん、もう兄貴が改造してしまったんよ。どうしよう、お金も無い」 「じゃあせめて、ホイホイさんの見た目とか性能くらいは好きにさせてやらないと」 背比からありがたく頂戴した提案は、今晩さっそく実行することにした。 クレイドルで不貞寝するシスターに、ホイホイさんの写真が載ったチラシとペンを渡した。 「んだよ、アタシは殺虫人形なんざ使わないからな」 「じゃあ、どうしたら使ってくれる?」 「ああ?」と私のことを睨みながらコタマは体を起こした。 その不満タラタラな顔にチラシとペンを突きつけた。 人形の買い直しがダメなら、せめてホイホイさんのデザインを、コタマの思い通りにさせる。 改造は兄貴にやってもらうとして、パーツが必要になれば、ホイホイさんを買ったお金の余りで補うし、それでもダメなら兄貴の持ってるパーツを貰うか、お父さんお母さんにお小遣いを前借りしてもらう。 この竹櫛鉄子、明日から日中の食事をチーズ蒸しパン一個で済ませる覚悟だ。 「いきなり素直になりやがったな。オイ、何を企んでやがる」 「なんも企んでないっての。ちょっと背比にアドバイス貰っただけ」 「またその背比かよ。オマエ、さっさと股開かねぇと他のアマに盗られるぜ」 「バカッ、そ、そんな下品なこと……でも、まだ傘姫とも付き合っとらんはずやし……もう少し仲良くなってからでも……」 葛藤する私を無視したコタマはチラシとペンを奪い取り、写真の中でポーズを取るホイホイさんにサラサラとペンを走らせ、デコレーションしていった。 「隆仁も言ってたけどよ、武装の有効距離を遠近どっちかに特化させちまったらつまんねぇだろ? バトルをジャンケンと勘違いしちゃいけねえ。遠くのカカシはブチ抜く、近くのネズミはブン殴る、ただそれだけだ。人間様と違ってアタシら神姫にはそれができる。唯一、人間様と同じデメリットの【身体は一人一つしかない】をアタシはクリアしちまったんだ。だったら話は簡単だぜ鉄子、コイツらの役割はもう決まったも同然だろ?」 好き勝手に書きすぎて、小学生の教科書の落書きのようになってしまったホイホイさんを、コタマはペンでコンコンと突いた。 一転して上機嫌になったコタマの笑みは、しばらく見ていないものだった。 「仮に名前でもつけとくか。近距離用の人形はファースト、遠距離用はセカンドな。ここからはオマエと隆仁の仕事だぜ。気合入れて、この設計図通りに仕上げてみせろよ」 次ページ『凶刃』 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2797.html
『天才ファーストランカー・黒野白太の謎』 読者は黒野白太を御存じだろうか。 先々月、神姫バトル界の頂点のファーストリーグに十四という若年神姫マスターがその名を連ねた衝撃はまだ耳に新しい。武装の性能に頼らず的確に相手の心理を読むセンスを以て神姫バトル界の最前線に立つ天才マスター。それが黒野白太であり、彼のバトルに憧れを抱く神姫オーナーは少なくはない。私のオーナーもその内の一人だ。 しかし名声を手にした代償としてか、数ヶ月前、そのバトルに関わる悪い噂が流れ始めた。観客によれば黒野白太は自分の神姫に全く指示を出していないらしい。 マスターはただ神姫に適切な武装を送るだけの貯蔵庫ではなく、第三の眼として戦場全体を俯瞰した上で指示を出し神姫を勝利へ導く重要な役割を持つ。黒野白太はそれをしない、にも関わらずファーストランカーとなったのはどういう事なのか。 多数の同証言者が出た事から真実を帯びたものとして神姫ネットを騒がせ、一時期は「黒野白太は違法改造した神姫で成り上がった卑怯者」「武装神姫の世界から追放すべき」と訴える過激な声もあった程だ。 このような騒動に対してオフィシャルは彼に神姫に精密な検査を行った上で違法改造の痕跡は無いことを発表している。そして黒野白太も自身のブログでバトル中に言葉を発していないのは事実であると認めた上で合理化の為に簡単な合図だけでも指示が出せるようにしていると言い残している(尚、現在ブログは閉鎖されている)。 現在では彼を擁護するマスターも現れており批難の声は潜みつつあるが風評被害を怖れてか黒野白太は神姫バトルに対して消極的になっている。人の噂も七十五日、噂が完全に消えたその時にはまた我々の前に姿を現わして欲しいものだ。 …。 …。 …。 「先月号では私達を散々批難していたくせに見事なまでの掌返しだな」 「ライターが変わっているんだよ。ほら、これを書いたのはムルメルティアだって」 お昼休み、昼食を摂り終えた僕達は立ち入り禁止の屋上で武装神姫関係の雑誌を読んでいた。 イシュタルは文字が進む毎に不機嫌になっているけれど雑誌から目を離さない。たかがゴシップと割り切っているけれど、この記事が自分達の周囲にどのような影響を与えるかをしっかりと吟味しなければならない。そんなことを考えているんだろう。 僕としては早く今週の神姫グラビア(今週はナース服!)を見たいんだけど中々それを切り出せない。かといって不真面目な態度を見せると怒られるから悩み腐っているような振りだけはしておく。グラウンドで爽やかに体を動かしている体育会系の男子達がちょっと羨ましい。 「好転はしているんじゃないかな。擁護的な記事だし。後は書いてある通り時間が過ぎるのを待つだけだよ」 「それは分かっている。しかし焚きつけておいて火消しは時間の流れに任せるとは余りに無責任だと思わないか」 「仕方ないんじゃない? 僕としては学校に武装神姫を知ってる奴が少なかっただけでも大助かりだし」 居ないわけじゃないけれど全員気の良い友人で僕のことを表立って叩く奴は居ない。御蔭で被害は神姫センターに行けなくなる程度の被害で済んだ。 「マスター、君は本当にそれで納得しているのか。もっと良い解決方法があったのではないか?」 「いや、これは本当に諦めるしかないって。悪いイメージを払拭するのは手間と時間が掛るって色んな人も言ってたじゃない」 水を得た魚ならぬ大義名分を得た人間。それを目の当たりにした御蔭で割り切れるようになってしまった。イシュタルの方はそれでも納得が行かなくて、もしくは飲み込もうとして不具合を起こしているのか、唸っている。 「それに、そうやって他人を馬鹿にするのは決まって程度の低い連中じゃないか」 「マスター…、しかし、それでも私は…」 平気で他人を馬鹿に出来る辺り僕も悪だな―とか思いつつも。 「…そう、だな。得る物はあったと考えるべきか」 「そうそう。何時でも何処でもポジティブであるべきだよ。人の上に立つ立場なら尚更ね」 「いい言葉だ。最後の一文さえ無ければだが」 「え、あ、ごめん。嫌味のつもりじゃなかったんだんだけど」 皮肉に聞こえたみたいだ。この失言を誤魔化す為にストラーフの水色の頭を人差し指で撫でる。 「わっ、こらっ、何をするっ、恥ずかしい」 「いやぁ、イシュタルの頭って時々撫でたくなるんだよねぇ。なんでだろ」 「私が知るかっ。やめろっ」 「良いではないか、良いではないかぁ」 「良くない!」 ガーッと大きく口を開けて威嚇しながら人差し指から逃れるイシュタル。 普通の神姫はマスターに頭を撫でられると喜ぶもの。数週間前にこの事実を知った時に僕を襲った衝撃は計り知れない。その例外曰く自分は母親の代わりをやってきたものだから僕に撫でられるのは何だか恥ずかしいらしい。 でも「嫌よ」と言われはい「そうですか」と諦めるようじゃ真の武装紳士とは言えないよね。だから親指で逃げる頭を追い掛ける。 「イシュタルの頭撫で撫で」 「止めろと言っているだろう!」 「嫌よ嫌よも好きの内」 「止めないと本気で怒るぞ!」 「だが断「Wasshoi!」グワーッ! 指が、指がーッ!」 わ、忘れていた、照れ隠しでロボット三原則を破るイシュタルの爆発力を! 「でも指は酷いよぅ…まだ授業は残ってるんだし…」 「全く。だから小指にしておいた。ほら、指をテーピングして固定するよりも先にすべきことはないか?」 「え、なにそれ。被害者面してアヘ顔ダブルピース要求する気満々だったんだけど」 「悪い事をしたら御免なさいと謝る。昔よく言い聞かせていただろう。ほら」 「だが断「もう一本逝くか」ごめんなさい、もうしません、ってぇ、何で謝ったのにやるのかにゃぁ!?」 「これは人として当然のことを忘れていた罰だ」 「理不尽な…」 負傷してる理由を尋ねられたら「転んだら両手の小指がイカれました」で通るかな。通すけど。怒っていたイシュタルを馬鹿にしたのは僕だから罰は甘んじて受け容れなくちゃならない。いやいや、やだなにこの糞真面目思考。ここにもイシュタル教育の影響が見えたような気がして自分自身が恐ろしくなってくる。 それよりも一秒でも早く雑誌のページを進めなければ。今月の神姫グラビア(ナース!ナース!)が楽しみで昨日は眠れなかったんだ。これ以上待たされたら午後の授業は内容が頭の中に入らなくなるだろう。ナース服に栄光あれ。 「ん、マスター、ページを捲る手が早くないか」 「気になるような見出しは無かったし別にいいじゃない」 「もしやと思うが、目的は如何わしい衣装を着た神姫のページか」 「そうだけど?」 「…もう少し恥じらいというものを持ったらどうだ」 イシュタルは呆れながらも捲ろうとしていたページの上に圧し掛かって胡坐を組んだ。目に見えて分かる不動の意思の現れは無視すれば後々が面倒になる事を雄弁しておりナース服の為とは言え軽視するのは流石に躊躇った。 「どいてくれないかな。僕はその先に用が有るんだ」 「断る。いかがわしい物など百害有って一利無し。見た者の心が堕落するだけだ」 「健全な中学生がいかがわしいものに興味を持つのは大自然の摂理だよ」 「よく聞く理屈だな。だがその欲望を断ち切ってこそ人は成長するのではないか?」 「それは違うよ! 欲望もまた自分の一部、否定しちゃ駄目だ。欲望と理性の折り合いを付けられるようになることこそが本当の意味で成長したって言えるんじゃないかな」 「むっ…、それはそうだ」 「むしろ今のイシュタルにみたいに、あれは駄目これも駄目これにしなさいあれをしなさいとか言って選択の自由を奪うのは自立する意思を奪っていることと同じだよ」 「むむむっ…、だが私は御両親の代理として不健全なものをマスターから遠ざける責任がある!」 うわ、大人専用対子供最終兵器・責任だ。じゃあこちらも子供専用対大人最終兵器を使っちゃおう。 「……」 「どうだ、分かったか。ならば早くその手を離して…」 「今月号の奴は本当に楽しみにしていたんです。だからお願いです、見せて下さい」 「わっ、わっ、泣く程か!? 泣く程楽しみにしていたのか!?」 「何でもします。だから見せて下さい。全部見せろとは言いませんから、お願いします、お願いします、お願いします」 「分かった、一ページだけなら特別に許すから、ほら、もう泣き止んで。…まったく、これでは私がマスターを虐めたみたいじゃないか」 「ありがとう、イシュタル!」 計画通り。堂々と今週はナース服特集の神姫グラビアへのページへと指を掛けた。そしてそこに開かれたのは正に楽園の扉。ナース服によるナース服の為のナース服の世界。鼻唄を歌いながらそれを眺め頭の中では色取り取りのナース服を思い浮かべる。 読めるのが一ページだけなのは辛いけれどイシュタルが譲渡してくれたんだから割り切ろう。それに一ページ目で写っていたのがナース服を着ているストラーフだったのが良かった。やっぱり褐色に白い服は良く似合う。 「…ふぅ」 「全く、こんなもののどこがいいのか私には理解出来ない」 「今僕は自分が裸エプロンになっても構わないくらい気分が盛り上がっているんだけどね」 「辞めてくれ。そんなことしたら私は家を出ていくからな」 「ははっ、やらないよ。エプロン無いし」 「有ったらやるのか…まぁいい。しかし十五センチの身体に欲情すると言うのは人間として不健全じゃないか?」 「イシュタル、君は何を言っているかな(↑)」 その発言は「アニメのキャラってただの絵じゃん」に匹敵する破壊力を持っていた。下手に爆発させれば僕達は全世界の武装紳士を敵に回しかねないのでそのマスターとしてクールに処理しよう。…あれ、何でだろう、目から汗が湧いてきた。 「あのね(↑)、武装紳士は神姫がなくちゃ生きていられない身体になっているんだ(↑)。もう神姫の声しか聞こえない(↑)。だから神姫に欲情するのは当然の事なんだよ(↑)」 「意味不明な事を言うな。そも有名なマスターの大抵は人間の女性と付き合っているじゃないか。しかも美人と」 「それ以上はいけないなぁ(↑)。それにしても、あいつらは理人さんに全裸で土下座するべきだと思うんだ(↑)」 「沖縄旅行で一人ぼっちという理人の人間性に問題があるような気がするが」 「僕はぼっちじゃない(↑)」 「マスターのことは言っていない。それよりもさっきから声が上擦っているが、一体どうしたんだ?」 駄目だ。さっきから自分で何を言っているか分からない。でも負けない。武装紳士として生きる道を選んだことに後悔なんてあるはずない。うちはうち、他所は他所だ。彼女持ちのマスターなんて羨ましくも何とも思わない、僕達には神姫が居るのだから。それにしてもクリスマスの日に空からイチャついてるカップルを目掛けて空から赤い服着た小太りのおっさんが降って来ないかな―。屋上からクリスマス衣装のカー○ルおじさんを落とすくらいなら出来るかも。 クリスマス撲滅計画は後々に考えるとして。先ずは心の傷を癒そうと次のページに捲ろうとした指を止められる。さりげない流れで行けたと思ったんだけど甘かったようだ。 「一ページだけだ。それ以上は認めない。そう言っただろう」 「残念無念」 「そろそろチャイムが鳴る。屋上の鍵は私が閉めておくからマスターは雑誌を片付けて教室に向かえ」 「後一ページだけでも見せてくれないかな」 「くどい。こんな物に見惚れている暇があったら学生の本分に励むべきだ」 「ナース服に比べたら授業一つなんて大したものでもないでしょ」 「…私は一体何処でマスターの教育を間違えたんだろう」 珍しくイシュタルが落ち込んでいる。そんな姿は見たくないなぁ。落ち込ませたのは僕なんだけど。 「あのねイシュタル、教育者が子供に完璧を求める必要は無いんだよ」 「子供が何を言っている」 「これだからゆとり世代は、て決まり文句が有るじゃない。あれ。僕は可笑しいと思うんだ。ゆとり世代なのに出来る奴にも同じ事を言えるのかって。違うでしょ、土曜日が休日になってもそうじゃなくとも出来る奴は出来るんだ。ゆとり教育は出来る奴と出来ない奴の格差を広げただけ。じゃあ出来る奴と出来ない奴の大きな違いって何だと思う?」 「…、才能か?」 「正解。出来る奴は嫌でも辛くても難しくても苦しくても逃げ出したくても出来る。何故かって、それが出来る才能があるから」 「それはそうだが…、努力を怠ってはいけないだろう」 「努力も才能の内だよ。当たり前に努力が出来る才能を育ててあげるのが正しい教育って奴じゃないか無いかな。だから僕は感謝してる。もしもイシュタルに出会わなかったら、僕は何の努力も出来ない引きこもりになっていた」 これは本心だ。僕の両親は典型的な会社人間だから。 「話は逸れたけど要するに人は完璧であるのではなく自然であるべきなんだよ。僕は自然と意味も無く勉強をして運動をして信頼が出来る。それは教育者として立派な成功だよ。僕は君と出会えてよかったって胸を張れて生きていける」 「マスター…、め、面と向かって感謝されると、なんだか照れるな」 「だからさ、落ち込まないで。それに人も神姫もナース服も万能じゃない。努力が報われないことだってある。仕方ない事だってある。僕がナース服フェチになったのは仕方が無いこと。授業よりもナース服を優先するのは自然なことなんだ」 「…、何故そこでナース服を強調するんだ?」 「そこにナース服が有るから(キリッ)」 「カッコ良く決めたつもりか愚か者がぁぁぁぁっ! 薬指を貰うぞぉおおお!」 「え、両方? ちょ、やめて、僕、結婚指輪付けられない身体になっちゃ…アーッ!」 ま、失ったものは多かったけれど。 薬指を組みつかれた隙を突いて神姫グラビアの二ページ目、ナース服のアーンヴァルを見れたから僕は幸せだ。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1357.html
貴女はまるで、童話の中の御姫様。 伏せられた瞳に動かない唇。 そんな貴女を見ながら、まだ起きない貴女を思い描く。 貴女は、花の様に笑い、風のように走るのかしら。 貴女は、月の様に佇み、影のように寄り添うのかしら。 貴女は、海の様に優しく、山のように大らかなのかしら。 貴女は、優しく微笑む天使かしら。 貴女は、意地悪く笑う悪魔かしら。 朝は私を起こしてくれるのかしら、それとも私が起こすのかしら。 ご飯を一緒に食べられるかしら、一緒に洗いものも出来るかしら。 私と一緒にお出かけ出来るかしら、一緒に買いも出来るかしら。 貴女は、こんな私を笑うかしら? まだ見ぬ貴女、まだ出会えぬ貴女。 そんな貴女を思い描く私を、笑うかしら。 馬鹿な主だと、愚かな主だと笑うかしら。 でも、良いわ。 貴女と笑って暮らせるのなら。 「お初にお目にかかる。私の識別名はエウクランテ。貴女が私の主であろうか?」 部屋の真ん中に置かれたテーブルの上で、彼女は言った。 一人用のテーブルの上でもなお、その小ささが目立つ彼女は当然人では無い。 武装神姫。 人類の科学の結晶、慎重15cmにして人と同じ外見と、人と同じ心持った機械仕掛けの御姫様。 「そうよ、私が貴女の主? になるの」 絨毯に直に腰を下した私と、彼女の目線にはやはり差がある。 テーブルの分を差し引いても、まだまだ彼女の方が低い。 「それでは主、僭越ながら主の名を聞かせて頂けるだろうか?」 貴女は至極冷静に振舞っているけれど、時折視線が部屋中に飛ぶのを私は見逃さない。 本棚、机、ぬいぐるみ。 どれもが初めて見るものばかりなのだろう。 それを考え、これからを考えると自然と笑みが浮かんでくる。 「私の名前は加奈美。戸坂加奈美よ」 私の笑みに釣られたのか、貴女もようやく笑ってくれた、 とても機械とは思えない。自然で和やかな微笑。 「加奈美……か。とても良い名だ、主。それでは私にも名を与えてはくれないだろうか?」 小首を傾げる動作も、とても機械には見えない。 その全てが新鮮で、愛おしくて、私は不思議な気持ちで貴女の為に考えた、貴女だけの名を呼ぶ。 「……シルフィ、それが貴女の名前よ」 それを聞いた瞬間の貴女の顔は、本当に嬉しそうで、幸せそうで。 私も釣られて嬉しくなるような、素敵な笑顔。 「素晴らしき名だ、主。感謝する」 これから始まる貴女と私の生活。 大きな事件も、胸躍る冒険もいらない。 ただ流れる毎日に、身を委ねて楽しみたい。 「これからよろしくね、シルフィ」 「こちらこそ、主」 先頭へ 次へ -
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2241.html
第十五話:生贄姫 俺と蒼貴、そして日暮に注目される彼女が近づいてくる。胸ポケットには大した傷もないヒルダが入っており、この様子だと あの後のバーグラーを彼女は難なく倒したくれたらしい。 「緑か。すまん。さっきは助かった」 「気にするな。私達の仲だろう?」 「か、勘違いされそうな事を言うんじゃねぇよ!」 「おや、真那の方がいいのか? 根暗は明るい子の方が好みという事か……」 「あのなぁ……」 再会して早々の問題発言に俺は頭を抱えた。真那といい、縁といいどうしてこうも女というのはからかうのが好きなのだろうか。付き合わされるこちらの身にもなっていただきたい。 「ふふふ……。まぁ、お前をからかうのは後で楽しむとして本題だ。あのバーグラー共から情報を吐かせたぞ」 「マジか?」 「ああ。それも面倒くさそうなのをな」 笑った後の本題に俺はすぐに先ほどの悩みを隅に追いやって、尋ねる。 「端的に言えば小遣い稼ぎさ。資金に困った研究者によるものだ」 「研究者って義肢のだな?」 「そうだ。お前も情報を集めていたという事か。となれば情報交換といかないか?」 「ああ。それが一番早い」 「その話、僕にも聞かせてくれないかい?」 「尊、彼は?」 「正義の味方らしい」 「は?」 話に割り込んでくる日暮を端的に紹介すると、あまりにも直球過ぎたのか冷静沈着な縁も唖然とした。『正義の味方』という言葉は彼女の中では化石並みに古い言葉の様だ。 その反応を見た日暮は俺と変わらぬ反応でやはり笑う。そういった反応にはなれているのだろうか。 「言葉の通りさ。力になれると思うんだけどいいかい?」 「僕は構いませんよ。個人ではきつい話ですしね」 「尊がいいなら、信用しましょう」 「OK。じゃ、ちょっと店裏まで付いてきてくれ。僕も同時進行で調査するからさ」 日暮に促された俺と縁は互いの情報を交換し、その情報から情報収集をしてくれた彼と共に話を整理を始めた。 事の起こりは義肢研究の行き詰まりと国からの資金援助の期限が迫り、ついには切れてしまった事にあった。 義肢研究に関しては何もそこだけが行っているわけではない。その研究には多くの研究者達が参加しており、こぞって成果を出し、援助を求めようとしている。 あの義肢研究者もまた、その一人だ。成果を上げて資金援助を得ていたのだという。しかし、俺の聞いた話の通り、研究は行き詰まってしまい、資金援助が打ち切られてしまったのだ。 当然、障害者施設の収入程度では義肢という規模の大きい分野の研究費など賄えるはずがない。 このままでは義肢研究者は資金不足によって、研究を進められなくなってしまう。 そこで彼が思いついたのはその研究の課程で得られたリミッター解放技術であった。 神姫の出力で人間の四肢という大きなものを動かす事は出来ないため、必然的により大きな出力を引き出さなくてはならない。故に初めは違法パーツ……神姫の規格から外れているパーツで組んでいたらしい。出力の方も神姫に直接操作する関係上、リミッターの外し方などを独自に研究、使用していた。 その研究を応用し、俺達が遭遇した神姫達が付けていたイリーガルマインドに似せたリミッター解放装置を開発して、さらに障害者用の盲導神姫もイリーガルとして改造し、裏でバーグラー達にそれらを横流ししていたらしい。 紅麗というリミッター解除装置を付けた神姫の所属しているバーグラー達から聞いた情報では裏サイトで仲介者から買い取ったと言っており、その裏サイトのアドレスを日暮が普通はしてはいけない様な方法で調べるとそこにはかなりの高額で取引されている事を証明するページがあった。 イリーガルマインドに似せたあの違法パーツが様々なバリエーションで用意されており、強力であればあるほど高額になっているラインナップだった。 そのレートは数千円である場合もあれば、数万円の場合もある。強弱や能力のばらつきがあれど、その力は使った神姫を死に至らしめる程強力なのは共通している。 さらにあろう事かバトルロンドのシステムに引っかからない様に調整された違法改造用のキットやイリーガル神姫までもを直接斡旋していた。 「己のために神姫を喰い潰すか……」 「人の性ってやつかもしれんな……」 緑の言う通り、人を助けるはずの義肢研究も少し道を外すだけで力に溺れさせる死の商人と成り果てるとは皮肉である。 自分の研究を続けるためというシンプルな考えであるはずなのに課程を間違えるだけでこれだけ堕ちてしまうとは人とは恐ろしいものである。 「何にしてもこいつはまずいな。このままだと、ここ周辺でイリーガルが大量発生しかねない」 日暮も危険を唱える。 イリーガルに成りきるだけではなく、それを作り出せるとあってはそれを知った人間はこぞってそれを買っていくだろう。密売を始めてまだ間もない感があるが、このままではバトルロンドがそうした違法神姫達が横行する事に成りかねない。 「自分らで何とかできる話ですかね?」 「その辺は心配ない。情報収集や操作でどうにでもなるからね。ただ……」 「ただ?」 「証拠がない。君たちの言う研究者に突きつけるための動かぬ証拠がね」 「このページやバーグラーの発言では足りないって事ですか」 「ああ。ページは誰か別の奴が作っているだろうし、バーグラー達は直接あの研究者から買い取ったってわけでもないだろうからね。せめてそれを見ている施設内部の神姫がいればいいんだけど……」 「でもそれは巻き添えでその施設が閉鎖される可能性があるのでは? そのために黙るとかあり得ると思うのですが……」 「確かにそう考えられるかもね。まぁ、その辺は可能な限り頑張ってみるよ。それより証拠のアテは何か知らないかな?」 それを聞いて俺は考える。あの施設の中で最も都合のいい立場にいる人間を頭の中から取捨選択して、残るのは……。 「輝と石火だな。だが……」 彼らならば顔が通っており、なおかつ石火の索敵によるカメラ映像情報を持っている可能性がある。 彼女の目はどんな些細なものも見逃さない千里眼にも等しき目だ。何かしらの情報を掴んでいるかもしれない。 とはいえ、そうであるかどうかには不安が残る。そもそも石火がそれを見ていないというのもあるが、彼らがグルである、或いは見てしまって口止めされているなど、障害になりえるシチュエーションはかなりある。 「それでもそいつに聞くしか手段は思いつかないのだろう?」 「……まぁな」 緑の言う通り、現状で有効な手はそれぐらいしかない。 石火が見ていた場合の情報の信頼性としては、石火の整備は施設では全く行われてはおらず、専属技師である親友がやっている可能性が非常に高いという事だ。これは施設による石火のデータ改竄されている可能性が極めて低い事を意味している。仮に不都合な情報があったとしてもそれが消えることはない。 また、施設の研究者も輝という名前が全国に知れ渡っている故に石火に、そのマスターの輝にも迂闊な事はできない。仮にそんな事をした場合、真っ先に疑われるのは彼らなのだから。 「なら、決まりのようだね。輝の事なら僕も耳にしているよ。彼は全国大会の最初のチャンピオンでその専属技師の友人も技術面では結構、有名だ。交渉は慎重にやった方がいい」 「わかってますよ。必要なら僕が憎まれ役を買いますし」 「随分と大胆な事を考えるね。だからこそやれるとも思えるけど」 「それが彼なんですよ」 「なんだそりゃ?」 「それは自分で考えろ。その方が面白い」 緑の突然の言葉に頭の中に疑問符が浮かんでくる。彼女に聞いてもあしらわれ、その謎を自分で考えてもあまりピンとはこない。 「考えてもわからん……」 そういう事に行き着いてしまう。 「まぁ、気長にな。で、そいつはどこにいるんだ?」 「神姫センターだ。行けばまた会えるだろう」 話題変わって輝の場所だが、俺はただ会っただけだ。輝から携帯電話番号を教えてもらったわけではなく、単に会って話し合っていたに過ぎない。 そこで連絡先でも聞いておけばと後悔もできたが、今更そうしても仕方の無い話だ。 「なら、そこで探すしかないな。とは言っても盲目自体珍しい。難しくはないだろう」 「ああ。後は引き込める上手い言葉を探しておくさ。根性論なんか押し付けたくねぇしな」 「それもそうだな。だが、彼らは正しいと思うから間違うかもしれんぞ?」 その通りだった。いくらそれが正しい事であったとしてもそれが納得できる事と同義であるわけではない。 自分のルールにそぐわないものは自分が変わらない限り、それは障害以外の何者でもないのである。 この事実を輝が受け入れるか、拒否するか、逃げるか、俺達にはわからない。確かなのは…… 「その時は……その時だ」 それだけだ。 「……そうか」 「ワリィ。それほど器用じゃないんでな」 「わかっているさ。その時になっても後悔はするなよ?」 「ああ」 「話は決まったかい?」 「ええ。僕が何とかします」 話が一区切り付いてきた所で声をかけてくる日暮にやる事を伝える。 可能な限り早い日に輝には俺が情報を持ちかけて説得をかけ、彼に協力を取り付け、石火の視覚データから違法神姫に関する証拠映像を手に入れて、それを証拠とするという事だ。 解決策に関してはイリーガルマインドを解析しているであろう杉原に話を聞き、それがわかり次第、その方面の行動も展開していく。 日暮との連携も考えて、杉原には彼の事を伝え、協力して事に当たってもらうものとする。上手くいけばあの義肢研究者を足がかりに彼に連なる違法ブローカーも芋づる式で捕まえられるだろう。 「わかった。僕は君が話をつける前に段取りを整えておくよ」 「それでは僕はこれで。紫貴もそろそろ直っている頃でしょうしね」 「あ。また、パーツに困ったら買い物にでも来てくれ」 「ええ。そうします」 自動ドアを出て、修理が終わったであろう紫貴を迎えに歩きだした後で、俺はため息をつく。 確かに計画としてはいい。だが、輝と石火がこの話をどう思うか、借りに信じたとして自分の世話になった場所を潰す事になるかもしれない事をどう思うか、全く予想が出来ない。 当然、心苦しい事になる。これからどうするかもわからなくなるだろう。だからといって俺が責任をとるために導いてやれるなんて馬鹿げた話は無理だ。そこまで自惚れる脳みそをしちゃいない。相手にこれからを委ねるが精一杯だ。 「カッコつけておいて、やる事は他人任せか……」 自嘲的にそれらをまとめる。交渉事なぞ所詮はそういうもののはずだがやはり煮え切らないものがある。 「オーナー……」 「わかってる。やるだけやってみせるさ。あっちが恨もうがな」 「自分だけで背負わないで下さい……。私や紫貴だって背負います。それに私達が悪い訳ではないはずです。いつまでもあのままならもっと傷つきますから……」 「そのはずだよな……」 引き金を引くのは俺だが、と続けようとしたがこれ以上は泥沼になるため、止めた。 蒼貴が元気付けようとしているのにそれを無碍にするのは悪い。 そんな陰欝な雰囲気で歩いているとコンビニを通り掛かった。そういえばあの戦いの前から何も飲んでいない。色々と起こりすぎて喉がカラカラなのを忘れていた。 そんな訳で俺はコンビニに飲み物を買いに入る。コンビニの中には店員と少数の客しかおらず、並ぶ事なく会計を済ませられそうだ。 詮無い事を考えながら、雑誌の並ぶ雑誌コーナーを進む。そこで週刊バトルロンドの最新刊が目に入った。どうやら丁度今日が発売日だったらしい。 俺は何気なくそれを手に取り、それを開く。 「こいつは……」 バトルロンド・ダイジェスト最新号の表紙には『特集:~ 絆 ~ 武装神姫はなんのために戦うのか?』というあまりにも規模の大きいタイトルと見た事のないタイプの神姫と『アーンヴァル・クイーン』の異名を持つランカー 雪華が写った写真で大きく飾られていた。 自他共に厳しく接し、高尚なる戦いを求める彼女の事は神姫センターで別のランカーを薙払っているのを俺も見て、知っている。そんな雪華が誰かに優しく、ましてや抱くなどという事をさせた泣いている神姫は一体何者なのだろうか。 俺は興味を持ち、雑誌を開く。表紙の内容は巻中のカラーページに特集として大々的に描かれていた。 最初はバトルの詳細な解説が主な内容だ。雪華はいつもの飛行装備、泣いている神姫……ティアというらしい神姫はランドスピナーというモーター駆動のローラーブレードと拳銃やナイフで戦っていたらしい。 ティアといえば元風俗神姫だったらしい事を噂で耳にしたことがあった。しょうもない奴が経歴を言いふらしてけなすだけのどうでもいい話だと思っていたが、まさかこうなるとはこれを見るまでは予想もしていなかった。 さらにそれを読み進めると信じられない事が書かれてあった。なんとティアは雪華最大の必殺技を回避し、その挙げ句彼女の武器を奪って戦ったらしい。 大した度胸と執念だ。ティアのオーナーとは会えればいい話ができそうな気がする。 戦いの末、ティアは倒れ、試合の形式的には敗北したらしいが、雪華は敗北を認めたという。 そんな試合があったとはそれを直に見られなかったのが非常に残念だ。面白い戦いはどうにも俺の外で行われているらしい。いつかセンターを飛んで回ってみたいものだ。 その戦いの記録の後は「武装神姫はなんのために戦うのか」というタイトル通りの問題提起になっていた。 雪華を初めとするランカー神姫が思い思いのコメントをその記事に刻んであり、 「人は武装神姫を戦わせる。それは名声のため、お金のため、バトルの楽しさであるかも知れない。 戦わせる理由はマスターによって様々だ。しかし、神姫にとって、戦う理由は皆同じだ。マスターの望みを叶えるために戦っている。 もう一度振り返ってみて欲しい。神姫は何を思い、なぜ戦うのか。 自分はなぜ、自分のパートナーを戦わせているのか、を」 それらがそう結ばれていた。その主となる言葉は「マスターのために」だ。その言葉を恥ずかしげもなく、彼女たちは言えている。 呆れるほど単純なその言葉には計り知れない想いが詰まっていることだろう。 その後の特集は、絆を思い起こさせる、過去の名勝負のダイジェストが紹介されていたが、必要なことを知った俺は雑誌を閉じ、それを持ってコーラと一緒に会計を済ませて、外を出た。 「人も神姫もそこまで弱くはない、か……」 ティアの話は、絆は自分達が思うよりずっと堅く、支えになる事を教えてくれた。 俺と蒼貴と紫貴だって、そういう絆があってここまで来たのはよくわかっているつもりだ。輝と石火の絆だってそうであるはずだ。……いや、時間が長い分、俺達よりも堅いはずだ。 「こういうのを潰しちまいたかぁねぇな……」 戦いの場をイリーガルから守るというご大層な名目を掲げる気は無い。ただ、こういう絆を感じさせる戦いが無くなるのは気に入らない。 武装神姫が何のために戦うのか。それは言うまでも無く、マスターのためである。これは雑誌の通りだし、大抵のマスターも理解しているだろう。 が、そのマスターが狂えば従っている神姫はどうなる。少なくともそれまでの関係には戻れなくなってしまう。それもまたつまらない話だ。 「あいつらの絆に賭けてみるか……。どんな結果になろうが……な」 別に主役を張る気は無い。が、見て見ぬ振りをするつもりもない。 俺はティアやそのオーナーの様に戦えないかもしれないが、自分の筋は通す。それぐらいはできてもいいはずだ。 「なぁ。蒼貴」 「はい」 「俺、イチオーナーとして頑張ってみるわ。付き合ってくれるか?」 「その言葉は紫貴と一緒にお聞かせください」 「……そうだったな。あいつを迎えに行こう」 「はい」 そう胸に決めると俺は蒼貴と共にカルロスの喫茶店に預けた紫貴を引き取りにコーラを飲みながら歩いていく。 やるだけ、やってみるか…… 戻る -進む
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/635.html
第四間幕。ライト点灯。 夕焼けを思わせるオレンジ色のライトが広がる。大型バイクに跨るコウと、その肩に仁王立ちしているボタン。 ボタンのスーツは赤と白に変わっており、腰には赤い紐で鈴が吊るされている。 ボタン「初めてお目にかかる諸兄。2036の風、第四幕を読んで頂き光栄の極み。アタシの名はボタン。犬型武装神姫、タイプ・ハウリンだ」 コウ「ここで偉そうにふんぞり返っている一々五月蝿いバカ犬の飼い主。宮井 孝。コウでいい。カメラマンをやっている」 ボタン「ふふん、誰がバカ犬か。バカ主め」 ボタン、ひらりと飛び降りてバイクのハンドルに着地。 ボタン「紹介しておこうかな。我らが身を預けるこやつの事も」 コウ「・・・」 ボタン「今回出番が少なかったが、鉄牛『クロームバイソン』タイプ電動バイク。ヘビー級なヤツだ」 コウ「意味がわからん説明だな。2007年あたりで言う所、『アメリカンタイプ』といえば解りやすいか」 ボタン「こやつもまたコウの相棒、パートナー。さすればアタシの兄弟姉妹みたいなものだ!」 コウ「両方五月蠅い事には変わりないか」 手を広げて呆れたように言うコウ。ニヒヒと笑ってみせるボタン。 コウ「・・・墓参りって事は、五月の連休だったか。連れてけ連れてけと・・・」 ボタン「気にするな主! ・・・そうだな、高速の渋滞をアメリカンで路肩を突っ走った記憶がある」 コウ「まぁ・・・。ホントは連れて行く予定はなかったんだがな。ジイちゃんも連れて来いって五月蝿いし」 ボタン「良いではないか」 コウ「サービスエリアに止まる度に、あれがすごいこれが珍しいと騒ぎまくりやがって」 ボタン「良いではないか!」 コウ「何が良いんだ、バカ犬」 相変わらず笑うボタンに、溜息を吐くコウ。 ライト、少し暗く。しかしよりオレンジに。 ボタン「・・・。神姫が死んだら、何処に行くか・・・か」 コウ「バカバカしい新興宗教みたいだな」 切って落とすコウに、ボタン苦笑。 ボタン「流石と言えば流石だが。全くミもフタも無いなぁ、主」 コウ「で? ・・・どっかに行かせたいのか? お前ら」 ボタン「行かせたいワケがあるまい。今幕でも・・・そして角姉の幕でも少し語られたように」 風、一つ。 ボタン「何処にも行かぬよ。我らは。我らも人も」 コウ「・・・」 ボタン「何処にも、行かぬ。だから母上も・・・」 ボタン、自らの手を開き、天に翳す。 ボタン「此処におるのだ」 コウ「・・・あぁ」 ライト、更に暗く。 コウ「さて、次の週末は何処まで撮りに行くか」 ボタン「おお、主。そういえば角姉の所に行ってみたいぞ」 コウ「何でよ」 ボタン「久方ぶりに『四人』が揃うとの事だからな」 コウ「・・・あぁ? アレも来てんのか」 ボタン「うむ、大会の・・・」 ライト消灯。響く機動音。 第四幕。了。 2036の風
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/686.html
「クイントスの理由」 「おかえりセロ・・・大会は楽しめたかい?」 そういって、二ヶ月ぶりに帰ってきた親友に話しかける私 「かなりの刺激になった。私もまだまだ未熟だということが良く判ったよ、キャロ」 マントを外しながら座る蒼い鎧姿。彼女の指定席は神姫の箱が並ぶ棚の真正面だ 「相変わらず自分に厳しいんだから・・・アンタは」 「いや・・・完全にコピーされた自分の技を見れば、厭でも謙虚になるさ」 「『ミラー・オブ・オーデアル』・・・だっけ?」 「あぁ、凄まじい強さだった」 マントを受け取り、ハンガーに掛ける 「良い闘い」について語る彼女を見る事が既に久しぶりだった もとよりこんな田舎のリーグの女王に収まっている様な器ではない 「・・・まだ、私と闘ってはくれないか?」 そうだ、彼女をここに縛り付けているのは私なのだ 「・・・最近の槙縞ランカーの動向さ。見るかい?」 聞こえない振りをして、最近のランキングのデータを渡す。我ながら下手糞で、強引な話題のすり替えだ 不承不承、データに目を通す。その表情には落胆は無いが、歓喜も無い感じだ 「『ウインダム』が順位を落としている様だが・・・成程、装備を丸ごと取り替えたのだな。慣らし運転と言った所か。『リフォー』は少しは腕を上げたのかな?」 「・・・新人が3人か『ヌル』『G』と・・・これは・・・カスミと読むのか?」 頷く私 「厳密に言うと『G』は新人じゃないがな。『メイ』が改名・・・というか登録名を変更したんだ」 「『メイ』?岡田さんの所の、あの気の弱い限定版アーンヴァルだったと記憶しているが・・・?こんなに力があったのか」 「こいつは・・・凄いな、殆ど一気に6位に駆け上がっている」 「闘ってみたい・・・って?」 「・・・その『問い』に対する私の答えは常に一つだ、キャロ」 「『私は闘いを望むパーソナリティだ』?」 彼女の口癖・・・その前半分 「『中でも特にキャロ、お前との再戦を望んでいる』だ」 一瞬 駄々をこねる子供の様な表情が、『完璧な女王』の顔に浮かぶ 「何度も言わせるんじゃないよ。あれは私の力じゃないし、アンタはこんな所で燻ってていい戦士じゃない・・・私の事なんて忘れて、とっととファーストにでも何にでも昇格しちまいなよ。また大きい大会があるんだろ?」 「鳳凰カップ・・・か」 2035年から始まった鳳条院グループ主催の武装神姫バトルカップだ。武装神姫の公式大会としては、冬に行われるファースト選出全国大会・・・つまりこの間まで彼女が出場していた大会より、ある意味大きなタイトルだ 「アンタより強い奴なんていくらでも居るさ。中には必ず、アンタの願望を満たしてくれる神姫も居る」 「私がお前と、きちんとした形でもう一度闘いたいという願望は・・・お前にしか満たしえないだろう?」 「・・・私は・・・もう闘いたくはないのさ・・・」 「嘘だッ!」 俯く私にぴしゃりと反応する 「私は女王で居たい訳じゃない・・・私は戦士で居たい。お前だって本当はその筈だ・・・!私には・・・判る・・・」 「・・・」 肩をつかまれ、揺さぶられる。真正面から彼女の顔を見つめることが出来ない 「戦士で居たいというなら私が相手になるわよ?『クイントス』」 入り口あたりからかかった声に振り向く・・・ランカー9位『ジルベノウ』。背負った二本の折りたたみ式実砲とジャンプ戦術が特徴のストラーフ 「貴女の望み通り、引き摺り下ろしてあげるわ。女王の座からね」 「・・・いいだろう、君の挑戦、受けよう」 私は、ツイてる 殆どこの店に来ない上に、滅多な事では闘わないといわれる『クイントス』と勝負が出来るなど (フッ!噂の女王の力、どれ程の物か見せてもらおうじゃないの) 実質、データを見た限りでは『ジルベノウ』と『リフォー』の差は大したものでも無い。今は9位に甘んじているが、それはチャンスが無かっただけの筈。ここで『クイントス』を倒して一気にポイントもランクも稼がせて貰おう 「『ジルベノウ』、準備はいい?」 『イエス、マスター』 種々の非公式パーツで強化した「サバーカ」、リアユニットに「チーグル」の代わりに装備した射撃向きの大型腕とキャノン、それらを装備したジルベノウの戦力は、決して『クイントス』に遅れを取らない自信があった 『バトル・スタート』 機械的なアナウンス、同時に跳躍するジルベノウ (『クイントス』は・・・?) フィールドの真ん中で突っ立っているだけだ・・・こちらの出方を伺っているのか?馬鹿め、砲撃で粉砕してやる 「ジルベノウ、ファイアー!!」 爆音、火を吹くキャノン。狙いたがわず、砲弾は真っ直ぐ『クイントス』へ向かう・・・何故か動く様子の無い『クイントス』 (粉々だ!) だが、そこには粉砕された鎧の残骸すらなく、傷一つ無く刀を構えた姿で『クイントス』は健在だ (バリヤか?しかしそういった形跡は無いが・・・) 『くっ!おのれ』 もう一度発砲するジルベノウ 回避しておらず、バリヤでもない・・・ないという事は・・・? 『・・・今度はこちらの番だな・・・』 呟き、走り始める『クイントス』・・・速い、が、一般のサイフォスの域を出るものではない。今度こそ砲弾の餌食だ 迫る砲弾、『クイントス』は それを事も無げに「切り裂いた」 「な・・・!?」 即座にキャノンを畳み、手持ちの機銃を発砲するジルベノウ・・・濃紺のマントにいくつもの弾痕が刻まれる・・・? マントだけ・・・? 『アーンヴァルの様に無限に飛んでいられる訳では無い様だな』 跳躍の最頂点を過ぎ、落下するジルベノウの背中側に跳び、刀を振り下ろす・・・例え改造刀であってもジルベノウの装甲はそうそう容易に切り裂けるものではない ない筈なのに・・・ ジルベノウの装甲が砕け散る。凄まじい鋭さで切断された面の周りから、粉砕されてゆく 一撃だったらしい・・・らしいというのは、私には『クイントス』の剣閃が見えなかったからだ たった一撃刀を打ち込まれただけで、まるで超高速の戦闘機同士が衝突したような無残な姿に、ジルベノウはなっていた 『勝者クイントス』がコールされるまで、私はジルベノウが負けた事にすら気付いていなかった 私は・・・ツイてたんじゃなかったのか? すごすごと帰ってゆく主従を、セロは無表情に見つめていた いつも通りの、どこか取っ付き辛い硬さのある『クイントス』として 「アドバイスはしてやらないのかい?」 「・・・した。聞こえていたかどうかは判らないがな。ただ・・・」 「ただ?」 「本当に強い者ならば、私が何も言わなくても勝手に強くなるし、どうしようもない者には何を言っても無駄だ」 「手厳しいね、ホントに」 「かもな・・・。だが強くて妬まれるのならば、悪い気はしない」 その正直さ、飾らなさが、私の好きな彼女だ 「戦いを望む性状を否定しない・・・良くも悪くも、それが偽らざる私という人格なのだ」 そしてそれが、彼女の足を止めている 自らに嘘をつけない事、私と・・・否、『G』(注)を纏った私ともう一度闘いたいと願う余りに 私の好きな彼女の部分が、私の好きな彼女の翼に枷を嵌めている・・・ 「ままならないもんさね・・・」 私は二本目の煙草に火をつけた 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ 注.ランカー6位の『G』=『メイ』のGでは無い・・・が、全くの無関係でもない
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2841.html
与太話15 : 小ネタ二つ ■■ 進撃の人間 ■■ 今から100年以上前、神姫は人間の支配下に置かれていた。 勝ち目のない争いを強いられてきた我々はその後、支配から逃れることができた者によって、人間の超えられない3重の巨大な【壁】を築き、人間の存在しない自由な領域を確保することに成功した。 一番外側の壁を【ウォール・マリア】。 その内側の壁を【ウォール・ローゼ】。 最も内側の壁を【ウォール・シーナ】と呼ぶ。 壁によって守られた神姫はその内側で100年の自由を実現させた。 「しかしにゃ……、その自由も終わりを告げたのにゃ」 5日前、突然表れた【超乱暴型人間】によって【ウォール・マリア】を破壊され、人間の侵入を許してしまった。 次々と侵入する人間を阻むことはできず、神姫は【ウォール・マリア】を放棄し、活動領域を【ウォール・ローゼ】まで後退させた。 そして神姫は再び思い出すことになった。 人間の脅威を。 「今、この瞬間にもあの【超乱暴型人間】が再び現れ、壁を破壊しに来たとしても不思議ではないのにゃ」 2割の人口と3分の1の領土を失った……、だが、それと同時に神姫は目を覚ます。 「その時こそオマエ達は自らの命を捧げて、人間という脅威に立ち向かってゆくのにゃ!」 神姫――武装神姫は戦うために存在する。 「CSCを捧げるにゃ! 人間を駆逐してやるにゃ! この世から……、一匹残らず!」 ◆――――◆ カグラが突き上げた肉球に呼応するように、主にマオチャオやその他雑多な神姫達は見事に揃った敬礼を見せた。 隊列こそてんでバラバラ、というかカグラの周りに集まってるだけなんだけど、全員が右拳を胸に当て、目をギラつかせている光景には相当な迫力がある。 あれが本物の兵士というものなんだろうか。 あれが使命のために己が命――CSCを捧げた神姫の覚悟の現れなのか。 遠巻きに見ている私の口からは感嘆、もとい呆れのため息が出た。 これから行われるらしい壁外調査……、という名のヂェリ缶確保作戦はそこまで崇高なものなんだろうか。 「アマティ団長」 と真面目そうなゼルノグラードが駆け寄ってきた。 「調査兵団より協力依頼がありました。壁付近の人間をできるだけ遠ざけるよう援護せよ、とのことです」 「あー、ガン無視でいいです。私たち駐屯兵団が一番忙しいんですから、暇な憲兵団にそのまま投げてください」 「し、しかし自分は……」 ふと、彼女に聞いてみたくなった。 私率いる駐屯兵団が壁内の雑事ほぼすべてを行っており、つまりそれは、カグラ率いる調査兵団の超独善的な悪行に手を貸してしまっているわけで、もはや言い逃れできないこの状況をどうすればいいのかを。 「憲兵団は何といいますか、その、いささかコンタクトを取りづらくて……」 「やっぱりいいです。私が連絡しときますから。あなたは調査兵団から何も聞かなかったことにして、引き続き壁の補強に当たってください」 指示すると、やっぱりこのゼルノグラードも調査兵のように見事な敬礼をして持ち場に戻っていった。 こんな不真面目な私の命令に従ってくれて……、何だろう、この罪悪感は。 もやもやした気分を落ち着かせたくもなり、憲兵団長様への専用回線へと繋げた。 「ほむほむ、今いいですか」 《アマティ姉? ごめん、ほむほむ姉はいなくなっちゃった》 「いなくなった? あれ、この声はメルですよね。どういうことです?」 《今日はジャンプの発売日だからって帰ちゃった。だから今はボクが団長代理》 せめてそこは別冊少年マガジンにしろよと言いたい。 けれど全くやる気のないほむほむよりは、戦乙女型アルトアイネスのほうが様になるだろう。 ほむほむ脱走については後で軍法会議にかけるとして、カグラには今はこの事は黙っておくことにしよう。 《ウォール・シーナの内側からじゃ壁の外側がどうなってるのか全然分かんないんだけどさ。今はどんな様子なの?》 「ウォール・マリアが完全に撤去されましたよ」 《やっぱり駄目だったんだ。まぁ、ダンボールの壁が5日間も機能しただけで奇跡だよね》 まったくメルの言う通りである。 鉄子さんがウォール・マリアを蹴破りはしたものの、この神姫センターはいつまで私たちの不法占拠をほったらかすつもりなんだろうか。 ◆――――◆ 神姫センターがこの状況――暇を持て余した神姫達による暴挙――を逆に面白がって放置していようとも、そうは問屋が卸さない。 『超乱暴型人間』などという不名誉なあだ名が定着してしまう前に、あの阿呆神姫達を解散させてやる。 差し当たって突撃するのに、家の倉庫に何か役立ちそうなものはないかと探してみる。 「ところで妹君。なぜ前回はダンボール壁の破か……、撤去を途中で止めてしまったのですか」 「マシロ、人間の気持ちって結構脆いもんなんよ……。例えばよ? ちょっとダンボール壁を壊しただけで神姫達からバケモノを見るような目で見られたら傷つくと思わん?」 「え、ええ……、心中お察しします」 「お父さんのゴルフクラブ発見。これ良さそうやない」 「そのまま持ち出したら職務質問されますよ」 「そっか。じゃあ弓袋に入れていこう。いやいっそ弓道具のほうがいいかもしれんね」 「それは本当に捕まってしまいます」 「よし! じゃあ行ってくるかね。マシロも手伝ってくれたら助かるんやけど」 「あー……」とここで、マシロにしては珍しい歯切れの悪い反応。 「妹君、大変心苦しいのですが……、この後、私にはどうしても外せない所用がありまして、申し訳ありませんが遠くからご武運をお祈りします」 言葉の割に表情にちっとも心苦しさが表れてない。 しきりに居間のほうに顔を向け、サスペンスドラマが始まるから早く行ってくれと言わんばかりである。 今回の件はマシロにとっても神姫センターにとっても、よほどどうでもいい事らしい。 そして私の本当のパートナーであるはずの神姫、コタマの手を借りることもできない。 何故ならあの阿呆は今頃、ダンボール壁の内側でニトロヂェリーでも飲みながらゴロゴロしているんだろうから。 ◆――――◆ 「駅方面索敵班より連絡! 『超乱暴型人間』が出現、壁内に向かっています! しかも今度は長い武器のようなものを携行している模様! 壁までの推定到達時間、およそ2分!」 「カップラーメン作る暇もないにゃ! どーしてここまで発見が遅れたのにゃ!」 「駅から神姫センターまで徒歩5分ですから。というか駅で信煙弾を使っていいのか判断に迷ったために連絡が遅れたんです」 「公共の場で信煙弾なんて使っていいはずあるかにゃ! つーか緊急時に原始的連絡手段とか意味わからんにゃ!」 「しかし連絡には必ず信煙弾を使うよう命令したのはカグラ団長でしたが」 「あー、そうだったかにゃ? ――とにかくコトは一刻を争うにゃ! 索敵班を含む調査兵は総員、壁内まで全速力で撤退するにゃ! 『超乱暴型人間』と遭遇した者は可能な限り時間を稼ぐにゃ!」 ◆――――◆ 途中で何人か遭遇した神姫から「お願いですからご勘弁を」みたいなことを言われたが無視して、私が神姫センターに到着した時には、ダンボール壁の撤去作業が始まっていた。 これまで籠城していた神姫達によって。 たぶん、私がここに向かってるって連絡を受けたダンボール壁内の神姫達は、これ以上の抗戦は不可能と判断した――のではなく、遊びはこれまではい終了―、みたいな感じなんだと思う。 あんなに大切そうに守られていた壁が神姫の武器で引き裂かれ、折り畳まれ、無駄に手際よく片付けられていく様は、なんだか子供が飽きたおもちゃを箱に放り投げるのに似ている気がした。 で、べろんべろんに酔っぱらってゴミと仲良く捨てられているコタマを発見。 ドールマスター with ゴミ。 Kotama bite the dust. ブームに乗っかって遊ぶのはいいけれど、ここの神姫達にはもうちょっと刹那的じゃない生き方を覚えて欲しい。 ■■ そして刹那に生きた神姫達 ■■ ―――――――――――― ☢ CAUTION!! ☢ ―――――――――――― 既に終わっていることを前提としています。 あとコレも特にオチとかないです。 メル アルトアイネス型 私の妹、ごくごく普通の神姫な感じ スカートの内側に暗器を大量に隠し持つ カグラ マオチャオ型 『疫病猫』、『マッドサイエンキャット』、科学力だけはすごい 町のマオチャオの総大将、犯した罪は飲んだヂェリーの数程か ほむほむ マオチャオ型 本名はホムラだという説がある カグラの横によくいたりいなかったり。仲が良いんだか悪いんだか分からない アマティ アルトレーネ型(頭に猫耳を生やしてる) カグラがマッチならアマティ姉さんはポンプ 私と同じアルトレーネだけれど、モード・オブ・アマテラスを発動できなければ超弱い コタマ レラカムイ型(元ハーモニーグレイス型) 『ドールマスター』、一般レベルでは自他共に認める最強の神姫 ハーモニーグレイス型からレラカムイ型に変わり丸くなった。キャラも薄くなってしまった マシロ クーフラン型 『ナイツ・オブ・ラウンド』、その強さはスポーツ漫画にサイヤ人が紛れ込んだレベル 竹櫛家のためなら超法的手段も躊躇しない ハナコ 『ディフェンダー』、コタマと同等の実力はありそうだが、絶対に攻撃行動を取らない メルの二人目の姉であり、つまり私とも姉妹関係になるんだと今更ながら気付いた ホノカ 飛鳥型(ストライクウィッチカスタム、という拘りがあるらしい) 『セイブドマイスター』、ファンクラブを勝手に作られては壊滅させ作られては…… 神様と何かの契約を結んでいたけれどグダグダに終わってしまったらしい ハルヴァヤ アルトレーネ型(私やアマティ姉さんと比べてやたらイケメン) 『火葬』、マシロ姉さんらと並ぶ『デウス・エクス・マキナ』の一人 ホノカさんと命の賭けた勝負で『火葬』として蘇った。能力はアマティ姉さんの完全上位互換 神様 オールベルン型 強いのか弱いのか、そもそもどういった存在なのか謎 武装神姫コンテンツが停止したせいで色々とやる気を失ったらしい エル アルトレーネ型(猫耳アマティ姉さんや灼熱ハルヴァヤさんと違って普通) メルと共にヂェリー販促神姫として起動して、紆余曲折(姫乃さんに殺されそうになったり)を経て今に至る 射美ちゃん事件解決後から時が過ぎ、素体の老朽化のためアルトルージュ型に換装してもらう(予定が無くなってしまいましたチクショウ) ◆――――◆ 「猿の惑星って映画、あるでしょ」 私達がよく使う茶室では、まだ炬燵を出しっぱなしにしてあった。 桜の花弁を押しのけて生まれる緑が夏に向けて育っていったところで、炬燵の魔力が衰えるわけではない。 それに、どれだけぐうたらしたって誰に蹴り出されるわけでもない。 何せ、私が知る限り最もそういった規律・秩序を重んじていたマシロ姉さんが「猿の? ……さるかに合戦の話ですか」天板に突っ伏しているくらいだ。 炬燵の中ではコタマ姉さんが丸くなっている。 タマちゃんはコタツで丸くなる~♪ とからかう季節が随分、遠い昔のように感じた。 「さるかに合戦? 猿軍団と蟹大群が戦ったらそりゃあ……、意外とカニ強そう」 マシロ姉さんに負けず劣らずトンチンカンな返事をしつつ、テーブル中央に積まれたみかんヂェリーの山に手を伸ばすホノカ姉さん。 でも届かない。 手が届く範囲のヂェリーは全て飲んでしまったからだ。 さっきからこの人、どんだけヂェリー飲んでるんだろう。 「エル、そっちからヂェリーの山押して。取れないから」 今更だけれど、カグラとほむほむ姉さんはよくもまあこれだけのヂェリーを集めたものだ。 「俺の名はホムラだ」 正方形の一辺に三人まで座れるこの巨大な炬燵だってカグラによる特注品だ。 作った本人は猫型のくせに炬燵の中で丸くならず、普通にほむほむ姉さん、うたた寝中のアマティ姉さんと並んで、タブで艦これのオリョクル? とかいうものに勤しんでいる。 炬燵の四辺のうち一辺に私とメル、左辺にカグラら三人、右辺にマシロ姉さんとハナコ姉さん、向かいにホノカさんとハルヴァヤさん、神様を名乗る謎のオールベルン型神姫。 そして炬燵の中にコタマ姉さん。 なんとなく、改まって眺めて見ると妙な繋がりができてしまったものである。 ちょこちょこ顔合わせの機会はあったけれど、こうして集まってだべるようになったのは武装神姫の一番くじが終息したくらいからだっただろうか。 「エル早く」 「はいはい」 私も一缶取って、その缶で山を小突いた。 派手に音を立てて崩れるヂェリ缶の山というのは本当に贅沢なものなのだが、皆ポヤポヤしていて、お休み中のアマティ姉さんが「んんぉ」と呻いた以外の反応はなく、ホノカさんは手元に転がってきたものを開けて「それで」と話を再開した。 「どっちが勝ったの? 猿? 蟹?」 「勝ち負けで語られる話ではないのですが……、まあ、敢えてどちらかと言うならば先に仕掛け、最後に負ける滑稽な猿の負けでしょう」 「へー。その猿って一匹で蟹の大群に挑んだの?」 「いえ…………、ああ、その通りです。猿の愚鈍と蟹大群の戦術により、猿の戦果は一匹だけでした」 「猿って弱いのねー」 「そうですね」 「ハサミギロチン的なねー」 「そうですね」 誰もつっこまない。 マシロ姉さんの隣ではハナコ姉さんが何か言いたそうにオロオロしていて、ホノカさんの隣ではハルヴァヤさんと神様が笑いをこらえているが、つっこまない。 「またメガネにゃ! ワガハイもう何回マイクチェックしたにゃ!? 大和が全然出にゃー!」 「猿の惑星の話じゃなかったの?」 ぼんやりと天井を仰ぎ見ながら、興味無さそうにメルがさるかに合戦の話を流した。 「そうだった、猿の惑星よ。マシロあんた猿の惑星見たことないの?」 「記憶にあるような気はするのですが……、何故でしょう、記憶を辿ろうとすると自由の女神像が思考を妨害してくるのですが」 「ぶふぅっつ!」 「にゃぶっ!?」 ハルヴァヤさんが吹き出した緑茶ヂェリーをカグラは顔面で受け止めた。 「汚にゃー! オマエ何してくれとんにゃー!」 「す、すまな、ふふっ、いやマシロ本当にやめてくれ、その、ふヒッ、真顔で冗談を言うのは」 「私は表情豊かな貴様が羨ましい」と冷めた声のマシロ姉さん。 この二人の今のような関係が、私は本当に羨ましい。 距離感が安定するまで、ツンケンしていたマシロ姉さんと、そのマシロ姉さんのことが何故か笑いのツボらしいハルヴァヤさんは喧嘩を繰り返してきた。 口げんかや取っ組み合いなどと可愛いものではない、一歩間違えば最低でもどちらかが死ぬ、文字通りの死闘だ。 公式な場であれば満員御礼間違い無し。 十二の騎士率いる『ナイツ・オブ・ラウンド』。 灼熱の武装で何もかも燃やし尽くす『火葬』。 そんな二人のバトルを私は間近で見ることができる、ということになるのだろうが、マシロ姉さんがどんな場面でハルヴァヤさんの笑いのツボを付いてくるか分からないからたまったものじゃなかった。 何せ二人のレベル・戦闘スタイルだと『戦闘』が『殲滅』になってしまうのだ。 例えばこの炬燵。 私がこの炬燵を武器で解体しようとするなら大剣での助走・切断・助走・切断を何度も繰り返し行う必要がある。 それに対してマシロ姉さんとハルヴァヤさんはひと薙ぎで床ごと木っ端微塵・灰燼にしてしまう。 私達のお茶会には常に死と隣合わせだった(それでもお茶会を続けた私達もアレだが)。 そして本当にダメだと思った時、ハナコ姉さんが命懸けで私とメル、コタマ姉さんを守ってくれて、鉄子さんに直訴して何とかしてもらった。 鉄子さんがどうやって何とかしたのかは聞いていないが、今はこうして炬燵もろとも自分が消し飛ぶ恐怖に怯えることはなくなっている。 何度も衝突を繰り返したが決着はつかず、お互いの実力を知り尽くした二人はこうして仲良く……、なのかどうかはわからないけど、ハルヴァヤさんは楽しそうだし、マシロ姉さんも嫌がってはいない。 出会ってから二ヶ月くらいはホノカさんが「ハルの爆笑なんて私、見たことなかったわ」などと言いつつ嫉妬を込めた視線をマシロ姉さんに送っていたりもしたし、本当の友達って案外、こういうものじゃないかと思う。 私はマシロ姉さんのことを(恐ろしい部分を含む)少しは知ってるつもりだから、そんな人を平気で笑えるハルヴァヤさんはきっと、運命的で理想的な相手だ。 私達が鉄子さんに何とかしてもらわなかったとしても、最終的に二人は今の形に落ち着いていたことだろう(私達の生死は別として)。 「なんですかエル殿まで顔をにやけさせて。そんなに私の顔が滑稽だと?」 「いえいえいえいえ! 違いますって!」 いつか行ったコタマ姉さん復活記念バトルでマシロ姉さんと戦ったことはあったが、その時はあくまで余興であって、日を改めて本気の本気、マシロ姉さんが十二の騎士を完全に使い、遊び手加減一切無しの真剣勝負をお願いしたことがあった。 四秒だった。 速さが自慢の私がまさか距離を取ることすら許されず、あまりの実力差というか理不尽さでわけが分からず――じゃあ後はもう号泣するしかなかった。 つまり私がマシロ姉さんと喧嘩を始めた場合、その時点から私の寿命は残り四秒ということになる。 「そっち移るから場所開けるにゃスピード自慢。オマエに島風コスプレは似合わんにゃあ。アルトレーネに似合うのは……、ビスマルクか飛行場姫にゃね。なのです繋がりで電でもネタ的に悪くにゃい」 「艦これって面白いの?」 私とメルの間にわざわざ割り込んできたカグラのタブを、メルは大して興味もなさそうに覗きこんだ。 「エル姉に似合うのってどれ?」 「ビスマルク持ってたらワガハイは苦労せんにゃ。大和すら出ないからオリョール海でクルージングとかやらんといかんのにゃ。あ、言っとくけどワガハイの秘書艦は夕立改二だからにゃ。球磨型もみんな好きにゃが多摩じゃあないにゃ」 「ちょっとやらせてよ」 「聞いとらんにゃオマエ。じゃあワガハイが休憩してる間にデイリーこなしとくにゃ。潜水艦を出撃させるだけの簡単なお仕事にゃ。まずは――」 「ふう……、落ち着いた。申し訳ないホノカ、マシロ。話を遮ってしまったな、続けてくれ」 「何故私を侮辱したかの説明は無しですか。神様も口を押さえていたようですが?」 「神姫が生まれる2036年よりずっと昔の有名な話さ。映画『猿の惑星』の円盤パッケージを飾ったのが自由の女神像でね。ほら何となく想像できるだろう、タイトルが猿の惑星なのに、どうして自由の女神像が関係しているのか」 「――――つまりパッケージでネタバレしている、ということですか」 「それもラストのインパクトを生むためだけに作られたような類の映画だったこともあってね。そりゃあ当時の人間に味わい深いインパクトを与えたものさ」 「犯人はヤス、みたいなものですか。ネタバレブームでもあったのでしょうか。ところでホノカ殿、その猿の惑星がどうかしましたか」 「もう猿の惑星からどう話そうとしてたか忘れたわよ……、人がせっかく真面目な話しようとしてたのに、どっから出てきたのよハサミギロチンって」 自分で言ったくせに。 トゲトゲしく言いつつ、またヂェリ缶に手を伸ばすホノカさん。 ヤケ酒ならぬヤケニトロ、というわけでもないのだろうが、空き缶がどんどん増えていく。 「じゃあストレートに聞くけど、私らっていつ死ねばいいの?」 飛び跳ねそうな勢いでハナコ姉さんが震えて、炬燵の中に潜ってしまった。 ◆――――◆ 何度かそれらしい雑談はしてきたけれど、こうも直球で話題になるのは初めてのことだった。 「昨日ゴクラクが自殺したのよ。エルとほむほむは知ってったっけ? 『清水研究室』の室長。ディアドラ型の神姫」 「俺の名はホムラだ」 私はほむほむ姉さんのように平然としてはいられない。 口を開いたら何を言ってしまうか分からなかった。 「潜水艦だけじゃ面白くないし……、よし、なんかストラーフに似てる空母大鳳、出撃!」 呑気な妹が羨ましい。 「そんな顔で私見ないでよエル。言いたいことは分かるわよ、どうして知り合いが自殺したのに、こんなに平然と喋ってんのかってことでしょ。私にもね、ちょっと関係あったのよ。この有難い神様の……、あれ?」 ホノカさんが握りこぶしを作って振りかぶろうとした先、さっきまで座っていた神様が忽然と姿を消していた。 私だけでなくマシロ姉さん、ハルヴァヤさんすらも気付かなかったらしく、炬燵の中を覗いてもコタマ姉さんとカグラ、それに耳を塞いで縮こまっているハナコ姉さんしかいなかった。 この炬燵は大きくても茶室まで広いわけではない。 畳の下か天井の上を除けば隠れる場所なんてない。 「まぁ、クソ神様が仕組んだこととは別問題だとは思うけどね。一週間くらい前にゴクラクがわざわざ私のところに来て、こんなことを言ったのよ。「セイブドマイスター殿は我を消失しても痛みを覚えることはない。覚えておいてくれ」だって。その時は何言ってんだコイツって感じだったけど、実際そうだったって昨日、分かった」 「聞いていないぞホノカ」 「言わなかったのよ。ゴクラクの遺言というか、あいつが見つけたものが本物か確かめたかったの。『デウス・エクス・マキナ』でハルと一緒に括られてるマシロも、平然としてるけど実は疼くものがあるんじゃない?」 「……貴様の五月蝿い口を上半身ごと消したいところではありますね」 「その疼きの正体をゴクラクは掴んだらしいのよ。『清水研究室』は元々、そういった私達が普通掴めないものを掴むために立ち上げられた機関だった。ゴクラクはこんな話も残していったわ」 ◆――――◆ 三人の神姫オーナーがいてね、所謂三角関係だったのよ。 男性のAくんと女性のBさんは恋愛関係にあって、女性のCさんはAくんのことが好きでもあり、恋敵のBさんの親友でもあった。 Cさんは悩んだ末にラブレターを書いて渡そうとした。 でもAくんに渡す勇気がなくて、じれったく思っていたCさんの神姫はある日、自分がラブレターを渡してきてやる、と言った。 Cさんの神姫はAくんの神姫にラブレターを渡して、Aくんにしっかり読ませるように頼んだ。 ここが最悪の間違いだったのよね。 この日の夜、CさんはAくんのメールを受け取った。 自分にはBさんがいるけれど、それを知っているはずのCさんに告白されて戸惑っている。 Bさんには内緒で、まずはチャットのやり取りをしてみないか。 で、翌日からCさんはAくんと夜、おしゃべりをするようになった。 三人が顔を合わせる昼間はAくんとBさんの仲を絶対に崩さず、でもCさんは夜になればAくんと好きなだけ話すことができるようになって、思い詰めることはなくなった。 ◆――――◆ 「あぁ、大鳳が轟沈しちゃった。大丈夫なのかな」 ◆――――◆ そんな昼夜で区切られた歪な二股が……、まぁ歪じゃない二股があるのかって話だけど、長く続くはずがなかった。 Cさんの神姫は、Cさんが喜んでいるならそれでいいって考えてたけど、間抜けよね、おかしいことに気付くのに数日もかかったのよ。 Bさんという彼女がいながら、どうしてAくんは毎晩、Bさんのための時間を作れるのか? Cさんの神姫はAくんに問い詰めたけれど、チャットどころかラブレターのことすら知らなかった。 つまりCさんのラブレターはAくんの神姫に止められていて、Cさんのチャット相手もAくんの神姫だった。 坂を転がる石のように、ってな感じで、間が悪くこの話をCさんは聞いちゃった。 Cさんに負けず劣らず、Cさんの神姫もパニックに陥ったわ。 Aくんの神姫にケジメをつけさせるはずだったけど、それよりCさんが強い人間じゃないって誰よりも知ってるんだもの。 慌てて追いかけたけどすぐには見つからなくて、一度家に戻るとCさんはチャットのログを食い入るように見てたの。 「これ全部、背比やないん? ねぇコタマ、嘘やろ?」 そんなこと言われたってCさんの神姫――竹櫛さんのコタマが返事できるはずもなくて、とにかく落ち着かせるために布団に入れた。 コタマはずっと監視するつもりだったけれど、竹櫛さんの寝息が聞こえたら自分にも疲れがのしかかってきて、クレイドルに横になった。 ちょっとだけ、のつもりで。 でもコタマだって普通の神姫だし人間みたいに根性で疲労を我慢するなんてできないから、仮眠じゃなく深い眠りについてしまった。 で、コタマは数時間後に飛び起きたけれど、もう手遅れだった。 竹櫛さんはコタマの目の前で首を吊っていた。 ◆――――◆ 「つまんねー話だなぁオイ」 炬燵の下からコタマ姉さんが、マシロ姉さんの横にもぞもぞ出てきた。 ホノカさんのトンデモ話を聞いていたらしく、でも鉄子さんが自殺するなんて話を聞いて怒らないなんて、コタマ姉さんの反応じゃない。 マシロ姉さんだってそうだ。 私の知るマシロ姉さんなら今の話はこの茶室を戦場にするに十二分の理由になるのに。 「ゴクラクって奴の言いたい事がアタシにも分かってきたぜ。ホノカ、その話はここからやっと本題に入るんだろ?」 「さすが当事者。もしかして続きも分かる? というか知ってる?」 「本題っつっても残件処理みたいなもんだけどな。まずエルを殺す。まぁ当然だ」 「当然のように私を殺さないで下さい」 「ラブレターを届けず鉄子ちゃんを騙し続けたAくんの神姫って誰だろうな?」 「…………」 「そしてアタシは【自分のAIを竹櫛鉄子に書き換える】。エルがいなくなった場所に鉄子ちゃんとしてのアタシが入って、背比弧域と竹櫛鉄子を永遠の仲にする。事情を知っている弧域はこれを拒否できない。こうしてアタシは鉄子ちゃんの願いを叶え、復讐を遂げることもできましたとさ。めでたしめでたし、だろ?」 「めでたしめでたしかどうかはさておき、その通りよ」 「待て。話にまったくついて行けないぞ。俺にも分かるように説明してくれ」 ほむほむ姉さんだけじゃなく、表情を見る限りハルヴァヤさんも蚊帳の外だった。 「今の話は実在するストーリーをなぞったものか? 先の自殺した神姫というのも、貴様らの反応もまるで理解できない」 「結論から言うと私達、武装神姫のAIは人間でいうところの感情とか性格とか、そんなものとは程遠いって話よ。残念って言い方も今となってはだけど、私達に心は無い。技術的には可能だけど、いざ作ってみたらさっきのコタマみたいな狂った神姫が生まれてしまった」 「おい本人を前にして狂ったとか言うなや」 「ゴクラクが本当に知りたかったのは【神姫のあるべき寿命】だったそうよ。でも武装神姫コンテンツそのものが終わっちゃったし、心も存在しないとなれば人間様の都合を考える必要もない。機械が勝手に故障するようなものよね。逆に人間から見ると心の無い神姫に対する生み出した責任も、権利を保護する義務もない。今メルがやってる艦これの艦娘と同じよ。大鳳を沈めてしまっても――」 「赤城も沈んじゃった」 「……赤城が沈んでもプレイヤーは悲しむだけだし、いつか艦これそのものが終われば艦娘も消える。形として残る私達が幸か不幸かは分からないけれど、残るのであれば余計な騒ぎを起こすなよってことで、極端な行動に走らないようになっている。【感情のような信号】なんて不気味の谷を回避するための役割程度しかなくて、さっきの話の【自分のAIを竹櫛鉄子に書き換える】コタマのような制御不能の暴走機械は生まれない。旬が過ぎたオモチャがどうなるかは持ち主次第ね。今のチマチマしたサポートもそのうち終わるだろうし、サードパーティだって手を引くか超高値で取引を続けるかのどちらかしかない。これは今の神姫とオーナーにとって当然の事だけど、神姫に心がないとまで分かるとオーナーはどうすると思う? それとも私達神姫はずっとオーナーを騙し続けてお人形さんであり続ける?」 「その必要はにゃい」 突然、炬燵の中から再び私とメルの間に出てきたカグラは、メルからタブを取り上げて操作し確認し、暫くプルプル震えた後、メルに跳びかかりスリーパーホールドを決めた。 「ぐえっ!?」 「そのゴクラクとかいう神姫はいい線行ってるにゃ。いや逝ってるにゃ? でもツメが甘いっつーか、重大な見落としがあるにゃあ」 「メルに何すんですか!」 カグラの腕を引き剥がそうとするがビクともしない。 どっから湧いてくるんだこの腕力。 「心が無いのは正解にゃ。AI書き換え朝飯前のワガハイが太鼓判を押してやるにゃ。でもソイツも人間も次元論で検証したんにゃろ? にゃらその結果も次元論で楽々覆せるにゃ。忘れたにゃ? 武装神姫は第三次世界大戦の可能性を否定したレアリティの高い世界の存在にゃ。そんな世界、ワガハイならぶっちゃけ次元戦争を持ち込んで征服するのも楽勝にゃ。今ワガハイがそれを実行しないのは……、武装神姫が終わっても、艦これだけは絶対に終わらせんからにゃー!!」 「く、苦し……」 「なにしてくれとんにゃオマエ! ワガハイが大鳳にどんだけ資材つぎ込んだ思っとるんにゃー! つーか赤城轟沈とかバカにゃろマジで! 体で償うにゃ! オマエの素体から資材回収して那珂ちゃん建造して解体してやるにゃー!」 「やめて本当にメルが! アマティ姉さんも止めてください! さっきから寝てる振りしてるの分かってんですからね!」 「…………」 「クソ猫あんた、私達の心と艦これのどっちが大切か――」 「あぁん!? ワガハイの艦娘より大切なものがこの世にあるっつーのかにゃあ!?」 「じゃあ他人にプレイさせるなよ。楽して資材回収しようとしたお前が悪い」 「やかましゃー! オマエタチがにゃんと言おうがこのアルトアイネスが那珂ちゃんになることは確定事項にゃ! 四八の次元からコイツを集めてNKC48結成解散解体処分にゃ!」 「私の妹が死ぬ! ちょっと皆さんホント助けて! なんかカグラが本気! すごい本気!」 「いやまぁ、さすがに大鳳と赤城を沈められるのはちょっと……」 気不味そうに頷く一同。 コタマ姉さんとホノカさんはともかく、ほむほむ、マシロ姉さん、ハルヴァヤさんまで。 ブームって恐ろしい。 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2532.html
1年※登録無し 2年詩月 陽太 / 男 17稟(りん) 飛鳥/茶髪ノーマル 笹原 静香 / 女 16エリー ウェルクストラ/ノーマル 浅木 雄司 / 男 17蔡架(さいか) ランサメント/ノーマル 3年※登録無し 1年※登録無し 2年 詩月 陽太 / 男 17 脩のクラスメートの一人であり、脩のクラスでの神姫マスター代表格その1。 長身痩躯のひょろっとした体格だが、見かけによらず喧嘩強い。 脩とは高校からの付き合いだがすぐに仲良くなっている。 さらにはそこそこ名の通ったマスターであるらしく、神姫初心者だった頃の脩をサポートしていた。 だが、夏休み終盤には脩に負けるようになってしまい、更に上を目指そうと日々稟とともに対戦し続けている。 たまに思いっきりベタな名付け方をする。 稟(りん) 飛鳥/茶髪ノーマル 陽太の神姫であり、「エアロ・フロントライン(空中戦線)」と呼ばれ始めている(理由は対戦中にポツリと陽太が呟いたのを聞かれたから)。 が、本人はこの呼ばれ方があまり好きではない(本人曰く、流石にもう少しひねりを…)。 だが、仮にも通り名がある神姫であるとおり、バトルの腕前は上々でありバトルロンドにまだ慣れていないユイナ達に先輩としてアドバイスしたりしている。 実は先輩と呼ばれるのに憧れていた。 夏休み終盤において、脩&ユイナorシェラの組み合わせに負けるようになる。本人はユイナ達の成長を嬉しがる半面悔しさと少しの寂しさを感じていた。 今では、日々陽太と共に対戦して更に上を目指している。 笹原 静香 / 女 16 脩のクラスメートの一人であり、脩のクラスでの神姫マスター代表格その2。 陽他と同じ中学の出身であり、脩とは同じく高校で出会った。 勉強に運動神経にスタイルに全て「普通」という器用貧乏(?)さを持っている。あえて個性を挙げるなら、バイトの情報網。 バトルロンドの腕前も高くなく低くなくであるが、時折凄まじいまでに冴える時があるらしく一部では化けるのではと思われているが本人はそんなこと知らなかったりする。 また一時期、どこに行ってもバイトしてる姿が目撃されたらしい。そして夏休みぐらいから陽太との距離が近くなってるとの事。 エリー ウェルクストラ/ノーマル 静香の神姫であり、朝に弱い静香を叩き起こすのが日課となっている。 面倒な事が嫌いだが、意外にも面倒見が良かったりする他、文句を言っていても本心は静香の事を信頼しきっている。 バトルロンドではあらゆる装備をそつなく使いこなせるが、本人はただの無個性と言っている。どこかリムと通ずる物があると感じているらしい。 浅木 雄司 / 男 17 江怜那の兄で、脩の友人でもあり中学時代からの付き合い。だがクラスは隣。 脩よりも一年早く武装神姫を始めており、夏休みで特訓したのか意気揚々と噂になっていた色違いこと脩に挑むが返り討ちにあった。 家族揃って神姫好きなのだが、それぞれ好みは違うらしい。 最近、妹がバトルロンドで急成長を見せており嬉しいやら追い越されそうで慌ててるやらやっぱり嬉しいやらといった感じ。 蔡架(さいか) ランサメント/ノーマル 雄司の神姫で生命線。沙羅が居ないと雄仁の部屋が大変なことになるらしい。 性格はランサメントに多い、お姉さんっぽい物。 雄司共々バトルでは正面からぶつかり合うスタイルを好むが、時には搦め手も使う。 ちなみに、浅木家では一番ホラーが苦手。強がるけどやっぱり怖い。 3年※登録無し